2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2009年10月15日

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新日 : 毎週木曜

北朝鮮を絶賛したポーランド映画

 『金日成のパレード』というポーランド映画(アンジェイ・フィデック監督)をご存じの方はどのくらいおられるだろうか。単に字面だけを見れば、この映画は北朝鮮当局の方針で作られた如何にも陳腐なプロパガンダ映画に過ぎないようにも見える。実際この映画は、1988年に建国40周年を迎えた北朝鮮が、金日成・金正日父子を中心とする体制の「偉大さ」を全世界にあまねく知らしめるため、当時まだ社会主義圏の一員であったポーランドから映画監督を招聘し、北朝鮮当局の指示するままに撮影・編集されたものである。

 その内幕たるや、全編まさに音と色彩の洪水であり、見る者はしばし圧倒されるだろう。『金日成将軍の歌』が繰り返し響き渡る中、完璧に訓練された兵士が一糸乱れぬ行進を続け、最早北朝鮮の「伝統芸能」と化したかの観があるプラカードによる絵文字は金日成賛美のスローガンと「社会主義建設の成果」を正確無比に描き出し続け、選りすぐりのエリート少年少女による歌舞音曲の披露が北朝鮮の「教育の充実度」をアピールし、世界各国首脳からの贈り物を集めた展示物の偉容が金日成の人徳を余すところ無く伝え……。

 これらの映像は、現実の北朝鮮社会の暗さと余りにも乖離しているが故に、逆に見る者は失笑を禁じ得ず、同時にある種の空しさと恐ろしさを感じずにはいられない。その恐ろしさとは、自分自身は常日頃から偏った価値観を相対化しようと心がけているにもかかわらず、いざそのような圧倒的な空間に身を置いてしまうと、いつの間にかしばし没入してしまい、ふと我に返ったときに自分自身の「弱さ」に気づくということである。

 かつて中国の文豪・魯迅か誰かが語ったことであるが、人間にとって最も苦しいこととは決して現実の肉体的な苦しみではなく、人間どうしの矛盾を生み出す社会や文化のあり方に気づいてしまい、それに対してどうすることも出来ずに彷徨う自分の「弱さ」を発見することであるという。その瞬間から、人は現実に働きかけて何かを変えて行こうと努力する。しかし、特定の個人や集団が権力と価値を独占する独裁体制にとって、このような人格は最も有害である。だからこそ、現実を覆い隠す圧倒的な祝祭を以て人々を幻惑させてしまえば良い。


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