シリア攻撃の増強とイランへの接近
こうしてロシアは報復として、17日以降、対シリア攻撃を強化している。特に17日には、フランスとロシアがともに、ISISが「首都」とするシリア北部のラッカを含むISISの拠点を空爆した。ロシア国防省の発表によると、ロシア軍が投入した戦略爆撃機は「Tu-160」、「Tu-95MS」、「Tu-22M3」の3機種で、ロシア空軍が保有する大型戦略爆撃機と中型戦略爆撃機の全種類であり、空中発射式の巡航ミサイルや爆弾を投下したという。この規模からも、ロシアの本気度がわかる。しかも、空爆用の爆弾に「われわれのために、パリのために」と書き込む動画なども流された。
また、20日には、ロシアのショイグ国防相が海軍のミサイル艦がカスピ海から巡航ミサイル 18発を発射し、ラッカなどを攻撃したとプーチン大統領に報告した。カスピ海からの巡航ミサイル攻撃は10月7日以来2回目であり、対テロ作戦で国際社会との協調を目指す姿勢を示す一方で、アサド大統領の退陣問題などで対立する欧米に対して精密誘導兵器を誇示し、牽制する目的もあったと考えられる。
なお、11月17日の攻撃では露仏両国の連携はなかったが、両国は双方が受けたテロを受け、連携姿勢を強めており、17日にプーチン大統領はオランド仏大統領との電話会談の後に、ロシア海軍に対し、地中海東部に向かうフランス海軍の部隊と連絡を取り、同盟軍として扱うよう指令を出すなど、さらなる攻撃強化に向け、両国は連携を強めつつある。プーチン氏は、ロシア軍幹部に対し、海軍と空軍によるフランスとの合同作戦計画を練ることも命じた。急遽、オランド大統領が11月26日に訪露し、プーチン大統領と会談することも決まり、ISIS対策での連携強化が合意される見込みだ。
また、ロシアのイランへの急接近も注目すべき動きだろう。そもそも、ロシアとイランの関係は基本的に良好であったが、前号の拙稿「シリアに介入するロシア その複雑な背景と思惑」でも述べたように、ロシアがシリアへの空爆を決行するに至った背景の一つに、イランの存在があったことが間違いないなど、最近の両国関係は特に緊密になっていた。
そのような中、プーチン大統領が11月23日に8年ぶりにイランを訪問し、同国の最高指導者ハメネイ師やロウハニ大統領との会談後、イランに対し、発電所や港湾整備など35の事業に計50 億ドル(約6000億円)の支援を行うことを発表したのである。
首脳会談では、ドルを介さない両国の自国通貨による貿易決済の方向性や、ロシアが主導するユーラシア経済同盟とイランの間の自由貿易協定、イランの原発建設でのロシアの支援強化、査証制度の簡素化、関税引き下げなどについても議論がなされたという。ウクライナ危機による経済制裁や石油価格下落でロシア自身の経済状態も厳しい最中の援助であることとその金額の規模を考えれば、ロシアがいかにイランを重視しているかがわかる。
ロシアとしては、核問題の最終的な合意後に対イラン制裁が解除される前に、同盟国としてイランをしっかり取り込んでおきたいのだろう。しかも、イラン訪問を発表した11月12日には、プーチンが出席予定であった18日からフィリピンのマニラで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の欠席も発表していた(APECにはメドヴェージェフ首相が出席)。
これは、フィリピンに対しては極めて異例かつ非礼な決断であり、プーチンが「マニラよりテヘランを選んだ」つまり、アジア太平洋より中東を選んだとも分析された。10月20日には、シリアのアサトド大統領がロシアを電撃訪問し、11月15-16日のトルコで行われた20カ国・地域(G20)首脳会合の際には、トルコのエルドアン大統領はもとより、サウジアラビアのサルマン国王と会談し、24日にはロシアのソチでヨルダンのアブドラ国王と会談することが決まっている。
加えて、30日にパリで始まる国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で、イスラエルのネタニヤフ首相との会談を早々に決めているなど、プーチン大統領の中東諸国との関係強化の姿勢は最近極めて顕著である。シリア問題で主導権を握り、そのまま中東全体での影響力を強く確保しようとしている狙いが見て取れる。