一方、企業の内部留保は300兆円を超え、手元資金も過去最高に積み上がっている。リーマンショック以降、設備投資をしてこなかった影響で企業の設備ビンテージは延びており潜在的な投資需要はあるはずだが、企業はひたすらおカネをため込む一方だ。おカネを握ったまま使わないというのはデフレの象徴である。
どうしたら企業はためこんだおカネを投資に使うだろうか。それには企業がインフレ期待を強く確信することである。ところが、前回の日銀短観発表の翌日に公表された「企業の物価見通し」では、物価や販売価格の伸びが鈍化するとの見通しが鮮明になった。企業の物価見通しの調査は、短観の一環として日銀が昨年の3月調査から始めた。約1万の調査企業に対し、1%刻みで自社の販売価格と物価について1年後、3年後、5年後の見通しを聞き取っている。この調査結果は、企業が抱く予想インフレ率を把握する数字として日銀が重視しているものである。
9月調査では、物価見通しは全規模全産業で1年後が前回の6月調査から0.2ポイント低下の1.2%上昇に、3年後は0.1ポイント低下の1.4%上昇に、5年後は0.1ポイント低下の1.5%上昇にいずれも下方修正となった。3つの期間全てで下方修正となったのは調査開始以来、初めてだ。これに加えて、市場が織り込んでいる予想インフレ率であるBEI(ブレークイーブンインフレ率:物価連動国債と普通の国債の利回りの差)も急低下している。企業のインフレ期待も市場のインフレ期待も下がっているのだ。
企業や市場のインフレ期待が下がっていることは日銀も認め、金融政策決定会合の発表文にも「予想物価上昇率には、このところ弱めの指標もみられている」との記載が盛り込まれた。しかし、その発表文も、そして黒田総裁も、食料品などの値上げの動きを理由に「長い目でみれば(物価予測が)上昇しているとみられる」と、あくまで態度を変えていないのである。
ECBドラギ総裁とは対照的な黒田総裁
これほど頑として動く気配を見せない日銀と黒田総裁は、積極的に追加緩和を示唆するECBドラギ総裁と非常に対照的に映る。
ECBはすでに政策としてマイナス金利導入に踏み出しているが、これを12月の理事会ではさらに拡大させる用意があることをにおわしている。一方、日銀は日本でも広がりつつあったマイナス金利を抑制する方向に動いている。先日、日銀は国債買い入れオペ(公開市場操作)で連日の減額に動き、中短期債需給の逼迫感が後退するとの観測が広がった。マイナス金利が拡大し長期債の利回りも低下するとみていた市場参加者は、はしごを外された格好となった。この点だけを見れば、ECBとの対比において日銀が金融緩和に「いかに積極的でないか」という好例だろう。