2024年4月24日(水)

広木隆の「No Investment,No Life.」

2015年11月27日

 日銀の金融政策決定会合(18-19日)のちょうど1週間前、日銀の原田泰・政策委員会審議委員が栃木県金融経済懇談会でスピーチを行っている。そこで原田審議委員はこう述べた。

 「日本銀行が当面の目標としています消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、9月にはマイナス0.1%となり、物価は上がっていないように見えます。しかし、それは世界的な原油価格下落によって、エネルギー価格が低下したことによるもので、エネルギーと生鮮を除いた物価を見ますと、着実に上昇しています。エネルギー価格は、いつまでも下落を続ける訳ではありませんので、やがてこの効果が剥落しますと、エネルギーを除かない物価も上昇していくはずです」

 これが日銀が追加緩和に積極的でない理由である。確かに、生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数の上昇率は9月に前年同月比1.2%となり、8月の1.1%から拡大。2013年の異次元緩和導入後の最大の伸び率となった。しかし、これは「日銀版コア」ともいうべき指標だ。総務省が発表するオフィシャルな統計としては、①エネルギーを含む総合指数、②その「総合」から天候に左右されて変動の大きい「生鮮食品」を除く総合指数(いわゆる日本の「コア」指数)、③米国等外国で一般的な、「総合」から「食料(酒類を除く)及びエネルギー」を除く総合指数(いわゆる「米国型コア」または「コアコア」)である。

日銀にとって都合のよい指数を選ぶ意図

 総合指数の前年比上昇率はついに0%になってしまった。「生鮮食品」を除く総合指数(日本の「コア」指数)に至っては8月にマイナスに転じ、9月も水面下のまま。言うまでもなく原油等エネルギー価格下落の影響だ。だから、日銀としてはエネルギーを除く「米国型コア」=「コアコア」を使いたいところだが、そうすると今度は円安で輸入物価上昇を反映して値上がりしている食品類も除かれてしまうため都合が悪い。そこで「生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数」という日銀に都合のよい指数を持ち出してきたわけである。

 繰り返しになるが、「生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数」という指標は日銀が勝手に参照している指標であり、オフィシャルな指標はあくまで「生鮮食品」を除く総合指数、すなわち「コア」指数である。日銀のインフレ・ターゲットもこの指標をベースとしている。ところが先日、日銀は驚くべき発表を行った。

 日銀は消費者物価指数(CPI)に関連した新たな物価指数の公表を、10月分から始める方針を明らかにした。総務省によるCPIの発表日、本日27日午後2時ごろに「生鮮食品とエネルギーを除く指数」、「上昇品目数と下落品目数の比率」、価格変動の大きい上下10%の品目を除いて算出する「苅込平均値」の3つの指数を発表する。もともと日銀はこれらの3つ(生鮮とエネルギーを除く指数、上昇・下落品目の比率、苅込平均値)を毎月の金融経済月報で発表しているから、正確には発表のタイミングを早めるだけなのだが、何もよりによって総務省がCPIを発表する日にわざわざ「ぶつける」かのようなタイミングで発表することはなかろう。そこに日銀の意図が透けて見える。言わずもがな、原油の影響を除けば物価上昇の基調はしっかりしている、とアピールせんがためである。ここまでするからには、よほど追加緩和をしたくない、というメッセージにも受け取れる。

 日銀がインフレ・ターゲットの達成をそれほど急いでいない理由は政治的な配慮だろう。来年の参院選を意識して安倍政権はポピュリズムを強めている。象徴的なものは消費税の軽減税率の議論。学者等専門家がこぞって反対するなか、一見「低所得者=弱者にやさしい」ように見える軽減税率の導入に突き進んでいる。庶民が物価にナーバスになるなか、(追加緩和によって)「これ以上の円安は望ましくない」という雰囲気が永田町から伝わり、日銀の腰を重くしているのではないか。それが日銀のこの変節の背景だろう。

 日銀の異次元緩和は壮大な経済実験と揶揄される。反リフレ派は、量的緩和を行えばインフレになるという「理論」も、インフレになったという「実績」もないと批判する。確かに、米国は量的緩和を第一弾(QE1)から第三弾(QE3)まで行ったが、一向にインフレ率が高まらないうちに利上げへと舵を切りつつある。そうした批判に対するリフレ派の主張は「金利を引き下げ、期待インフレ率を引き上げて実質金利を低下させるのがミソ」というものである。

 では、果たして現在の日銀の姿勢は、そのようなリフレ政策の根幹をなす効果を追求していると言えるだろうか? マイナス金利拡大の抑制に動いているのは金利低下をこれ以上進めないということだ。一方、企業や市場の期待インフレ率が低下していることを認めながらも、「長い目でみれば上昇している」などと意味不明な釈明をする。挙句の果てには、期待インフレ率は脇に置いて、実際の物価は上昇していると主張する。しかも日銀に都合の良い指数を自前で公表してまでだ。これでは、ただでさえ根拠薄弱なリフレ政策の肝である「期待に働きかける」ことさえ放棄しているように見受けられる。

 アベノミクス新3本の矢に対する投資家の評判は散々である。従来の3本の矢はまだ効果があった。特に第一の矢である金融緩和によって株高・円安というポートフォリオ・リバランスの効果が見られたのは事実である。日銀の強いコミットメントによって「期待に働きかける」ことが奏功したからだ。ところが上述の通り、現在の日銀の姿勢からはその肝心のコミットメントが薄らいでいるように思われる。唯一機能していた矢が、遂に折れようとするなか、「アベノミクス相場」は3年目の曲がり角に差し掛かっている。

  
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