本書には、汎動物学の視点から見えてくるヒトと動物の病気の共通項が数多く紹介されている。
たとえば、失神。ヒトは大きなストレスやショックにさらされて気絶する。血管迷走神経性失神と呼ばれる、しばしば起こる現象だ。同じように、飼育動物や野生動物も危険に直面したとき、「闘争か逃走」反応のほかに生存の可能性を高める第三の反応――失神という手段を用意している。
恐怖によって体のコントロールを失うのは一見、不利に思えるが、実は、心拍数が低下して「凍りついたり、身を隠したり、うずくまったりする」ことで捕食者に食べられないようにする効果的な生存戦略なのだという。
また、日本の心臓専門医のチームが発表した「たこつぼ心筋症」。ヒトは恐怖や悲しみなどの強いストレスを受けると、心臓の下部がたこつぼのようにふくらんで、心臓の化学的プロセス、形状、血液の送り出し方にも影響がおよぶというもので、別名「ブロークン・ハート・シンドローム」とも呼ばれる。
ヒトと動物に共通する「恐怖/拘束関連の死亡事象」
同じ現象が動物にもあり、獣医師には「捕獲性筋障害」と呼ばれている。動物は、捕食者に追跡されて体をつかまれるストレスで死ぬ場合があるというのだ。
このように、ストレスによるヒトの心臓麻痺と動物の捕獲性筋障害には数多くの共通点がある。そこで、獣医師やヒトの医師は、恐怖のおよぼす影響を明確にするために共通の用語を新たに採用してはどうか、と著者は提案ずる。
「恐怖/拘束関連の死亡事象(FRADE)」とは、動物とヒトの両方で、感情的な引き金が死を呼んだ場合をすべて指す幅広い用語である。獣医師と医師が心臓突然死の事例を比較することで、予防対策につなげることが期待される。ひいては、恐怖と拘束がかかわる死亡事象の根底をなす神経解剖学的・神経内分泌学的システムについて、その特性が明らかになり、私たちの理解も深まるはずである。
ほかに、がん、中毒や依存、過食と拒食、自傷行為、思春期の暴走や反抗、いじめなどについても、ヒトと動物の共通点が列挙されており、興味深い。
爪をかんだり、かさぶたをはがしたり、頭皮を引っかいたりする行為による快感と痛みは隣り合わせであり、自傷行為はその行き過ぎた例とも考えられる。動物の自傷行為の遠因は、「過剰グルーミング」にあるのではないかというのは、目からうろこであった。
サルの毛づくろいのようなグルーミングには、体のケアや社会的なコミュニケーションという役割があり、動物の自傷行為の原因には「ストレス、孤独、退屈」が挙げられるという。動物の生態から、いじめや親子の関係などについても見直す視点が得られそうだ。
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