2024年4月19日(金)

Wedge REPORT

2016年4月20日

村中璃子(むらなか・りこ) 
医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHOなどを経て京都大学医学研究科非常勤講師も務める。
Photo: Naonori Kohira

村中 ワクチン不信は医療不信につながりやすく、代替医療を探す動きも盛んです。代表例は、高濃度のビタミンCを大量に点滴するビタミンパルス療法です。これは、女優の故・川島なお美さんが最後まで舞台に立ちたいという理由で抗がん剤を拒否して選択したことで有名になりました。推進する医師はがんにも被ばくにもワクチン副反応にも効くと言っていますが、エビデンスはなく、1クール10万円と高額です。

 薬害を主張する医師たちは、子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS:ハンス)という症候群を勝手に作って、ワクチンを打てばその後何年たっても副反応は発生するし、何度でも再発すると言う。意図的かは分かりませんが、ワクチンを打った子の病気は全部ハンスと主張できますから、将来にわたって患者が生まれ続けてくれる構図です。

開沼 誤った言説を信じる人の周辺には、そこから経済的、政治的に利益を得ようという人が群がっています。「この食べ物を食べれば安全です」などと弱い立場に置かれた人の不安につけ込んで、金づるとして囲い込むのが典型的な手口です。

 例えば、有名なニセ科学のEM菌。「EM菌で除染できる、放射能を排出する」などと、それらしいデータをでっち上げる得体のしれない「専門家」とセットで商品を売りつける。「これで末期がんが治る」などと煽る商売と構造は同じです。

怪しげな「支援者」が集う「不安寄り添いムラ」

開沼 これはトラウマを抱えた自主避難者などの不安当事者側ではなく支援者側に責任がある問題です。支援者といっても、事態を悪化させている、かぎかっこ付きの「支援者」です。NPO、法律家、自称ジャーナリスト、自称専門家など多様な主体で構成され、共通点は勉強していないことです。

 言説を分析すると、放射線に関する知識をほとんど持っていない。にもかかわらず、「危ない福島」を前提にしながら、不安には寄り添わなければならない、自分たちは正義だと自己正当化する。原子力ムラならぬ、「不安寄り添いムラ」が形成されています。

 これに対しデマの実害を指摘する声が強まる一方、「それでは弱者の不安に寄り添っていない、あまり批判するな、楽しくやろう」というノーテンキな反・反デマ言説がデマ温存に加担するのがこの1年の状況です。不安は絶対的に肯定されるなら、ヘイトスピーチやIS(イスラム国)も圧倒的な不安感をベースにした運動であり、肯定されてしまう。こういう悪しき相対主義は、差別、暴力を助長し、それを正す動きを阻む。

 それを利用して、「声をあげる専門家らは、不安にさいなまれる弱き人を潰そうとしている人たちだ」という印象を外野の聴衆に与え、圧力をかけて言論を潰すというのが不安寄り添いムラのやり口です。「支援者」は不安当事者とある種の共依存関係をつくり、得られる限りの利得を得続けていく。

村中 子宮頸がんワクチン問題でも、因果関係を十分検討せずに、症状がある少女たちはかわいそうでワクチンは危ないとする「支援者」たちが目立ちます。彼らは、ワクチンを否定しない人を見つければ、利益相反だの誰かの手先だのと攻撃を加え、「ワクチンのせいではなく"身体化"なのではないか」と言うまともな医師たちを悪者に仕立て上げます。

 子宮頸がんワクチンを打った後に現れた、ありとあらゆる症状がワクチン成分による副反応だと一括りにしたのがハンスです。全身の強い痛みから、歩行困難、不随意運動と呼ばれる激しいけいれんや月経異常。さらには漢字が書けなくなった、英単語が覚えられないといった訴えをワクチンによる「高次脳機能障害」であるとし、不登校も学業不振もハンスだとする。日本政府がこうした科学的裏付けを欠く「世論」を恐れて子宮頸がんワクチンの接種を停止したままにしていることに対し、WHO(世界保健機関)は昨年も名指しの日本批判をしました。

 どんな医薬品にもごく稀ですが副反応が発生します。市販の風邪薬の副反応で重篤な症状を示す人もいますから、ワクチン後に症状を訴えている少女の中にも、もちろんそういう子はいるでしょう。しかし、副反応を検討する厚生労働省の専門家委員会も、多くは"身体化"、つまり、心がきっかけとなった身体の病気であると繰り返し結論づけています。

 "身体化"は心の病気ではなく、心をきっかけとした身体の病気です。しかし、当初、多くの医師が口にした"心因性"という言葉が、心の病気、気のせいというイメージを抱かせました。そうやって傷ついた少女や母親たちには、ワクチンによる脳障害だと断じる医師たちが「いい先生」に見えてしまう。そして、新しい病気を発見したと主張したいハンス派の医師たちにとっても、彼女たちは欠かせない存在であり、共依存するわけですね。

風評から差別へ 被害が実体化し攻撃的に

開沼 その結果、悪化しているのが風評被害です。風評は、外国で講演すると単にrumor=噂と訳されてしまうんですが、economic damage(経済的損害)やdiscrimination(差別)の方が正確です。前者は福島の野菜が売れないなどのよく知られた話で継続的な対応が必要ですが、問題は後者です。


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