WEDGE REPORT

2016年5月27日

安倍首相は返礼を 次は日本がケジメをつけるとき
松尾文夫(元共同通信ワシントン支局長)

1945年の大空襲で焼け落ちたドレスデン城。2006年に再建された(Getty Images)

 私はこれまで米大統領が広島を、日本の首相が真珠湾(パール・ハーバー)を互いに訪問して慰霊する「献花外交」をすべきだと主張してきた。これを最初に思い立ったのは、1995年。約3万5000人の犠牲者を出したドイツ・ドレスデン大空襲から50周年の年、英米の軍高官が慰霊の献花式に出席しているのを米国のテレビで見たことがきっかけだ。

 それ以来、戦後60周年の2005年8月16日、ウォールストリート・ジャーナル紙のオピニオンページに寄稿するなど、日米のメディアを通じて提唱し続けてきた。だから、今回のオバマ大統領の広島訪問は感慨深いし、歓迎したい。

原点にあるアメリカ駐在と戦争体験

 オバマ大統領は、広島でどんな演説をするのか、被爆者と会うのか、まだ「if」がたくさんある。オバマ大統領個人としては、09年4月、「核兵器のない世界」の実現を訴え、しかも米大統領としては初めて、核兵器を使った唯一の核保有国として行動する、米国の「道義的な責任」に触れたプラハ演説を総括したいとの思いもあるだろう。

 任期中、核軍縮は前進を見せず、ノーベル平和賞受賞は結果的に重荷になっていたはずだ。広島訪問は、来春の退任を前にしての「レガシー作り」の一つであることは間違いない。しかし、米国の現職大統領があの戦争の犠牲者全体を象徴する「ヒロシマ」の原爆死没者慰霊碑に花を手向けること自体、大きな意味を持つ。

 なぜか日本と米国は、これだけ親しい関係にありながら戦後70年、ドイツが21年前の「ドレスデンの和解」で済ませている「文明の起源にまで遡る」死者を悼む、日本流に言えばお線香をあげるという鎮魂の儀式を公式に行なっていない。その意味で、今回、オバマ大統領による広島献花が実現すれば画期的なことだ。謝罪とは別の次元の話だと思う。核の問題だけにしないことこそが大事だ。

 私が、こうした日米の慰霊儀式にこだわるのは、共同通信社で長年米国の特派員を務め、「米国という国」をとらえることをライフワークとしていることに加え、同世代の中でも深くあの戦争に関わった経験を持つからだ。まず小学校3年生のとき、まだ戦勝空気に満ち満ちていた1942年4月18日、ドーリットル飛行隊による東京初空襲を東京の戸山で見上げ、5年生の3学期には陸軍の将校だった父の任地である四国善通寺で艦載機による機銃掃射に遭った。

 さらに敗戦約1カ月前には墳墓の地である福井で127機のB29による夜間爆撃を受け、焼夷弾を束ねた大型爆弾が欠陥製品で開かず、そのまま目の前の水田に落ち、泥しぶきを浴びただけで九死に一生を得た。そして、絵に描いたような軍国少年だった。

 それに祖父が2・26事件で義兄の岡田啓介首相に間違えられて殺され、その葬式に父の任地だった中国の山海関から母親と帰る頃に人生の記憶が始まるなど、戦争と向き合う人生だったことも影響しているかもしれない。

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