日本アンプティサッカー協会アンバサダーの阿部眞一氏もその試合を振り返って、「あの年の日本選手権の決勝は、まさに壮絶という言葉に尽きます。その日にワールドカップに出場する日本代表選手が発表されるということもあって、選手たちはなおさら熱くなっていたんです。障害者スポーツを超えたなと実感した試合でした。野口君はそんな熱い試合を観て心に期するものがあったのでしょう」
野口は加入後間もないコーチとして日本選手権の優勝を経験した。共に喜び、共に涙してチームの一員になれたという実感が湧いたという。
悔しくて、泣いて、離れていった野口が、勝って泣いて再びサッカーに自身の居場所を見つけたのである。
思いをぶつけ合うことで縮めた距離感
「そのパスになんで追いつけないの?」「なぜそこで一歩踏み込めないの?」なぜなの? なぜ? なぜ?
コーチとしてアドバイスする中で次々に湧き上がる疑問。それに答えを出すには、自分が選手といっしょになってプレーする以外に理解する道はない。
「まずは自分が選手と同じようにできるようにならなければいけないと思ったのです。競技を理解しなければ、選手に近い目線の指導はできないですから」
野口は利き足である右足を使い、いったんフィールドに入れば休憩時間が来るまでは左足を地面に着けることはない。それが他の選手と同条件であり対等な関係になれるからだ。
あるとき、チームメイトのエンヒッキとミニゲーム中に言い争ったことがあった。
「今のボールは僕の足元にパスを出してくれ」
「違う。今のは前でいいんだ」
「追いつけないから足元にくれと言ってるんだ」
「足元に出して相手にカットされカウンターを食らうよりも、野口を前に走らせた方がリスクが少ないだろ」
「 」部分はトーンを抑えて書いてみたが、フィールドでは選手同士が考えをぶつけ合う。みな真剣だから、時に激しくもなる。野口にとってはこれが新鮮だった。
「日本で一番上手いエンヒッキと揉めることによって、年齢に関係なくグラウンド内ではみんなが対等であって、言いたいことが言える関係にあるんだとわかったのです。
考えをぶつけ合ったことによって、急に距離が縮まったように感じましたし、コーチと選手という関係ですが、日本代表とバチバチやり合うことによって、いろいろなことが吸収できました」