<ワトスン・システム>は、「いい加減な思考習慣によって動かされる、私たちの中にある単純素朴な自己(セルフ)」であり、「一生をかけて身につく、ごく自然で、いわゆる最小抵抗線をたどる(最も安易な方法をとる)自己」である、と著者は説明する。
一方、<ホームズ・システム>は、「私たちの中にある向上心ある自己」であり、「ホームズの思考法を日々の生活に応用する方法を学んだら、そのようになる自己」である、という。
もちろん、本書を読めばわかることだが、<ワトスン・システム>が劣るとか無用だというわけではない。ワトスンがいるからこそホームズの力量が発揮されるように、二つのシステムの動きと使い方を知ることで、私たちは二つのシステムをチームのように使いこなし、より注意深くなることができる。すなわち、<マインドレスネス>から<マインドフルネス>にシフトすることができる、と本書は説く。
「正典」も読み返したくなる
実験心理学の知見を説明するのに、「正典」から引いた場面やセリフが多用されており、改めてホームズ、いや、サー・アーサー・コナン・ドイルの先見性に目を見張らされる。
たとえば、「ブルース=パーティントンの設計書事件」で、ワトスンが語るこんな場面。
<シャーロック・ホームズのもっとも顕著な特徴のひとつは、これ以上仕事をつづけても意味がないと気がつくと、脳の活動を停止させて、これをほかの軽い思考に切りかえる能力があることだ。忘れられないあの日、ホームズはかねてから手がけていたラサスの多声聖歌曲の小論文の完成に没頭していた。私はもちろんそんな心の余裕などあろうはずもなく、この一日が、いつ果てるとも知れないほど長く感じられた。>
あるいは、『四つの署名』で、汽艇オーロラ号の詳細を知ろうと、ホームズが探りを入れる場面。
<「あのような人たちに接するときに大切なのは」艀の座席に腰をおろすと、ホームズは言った。「向こうのしゃべることが、こっちにとっては少しも重要なことではないと思わせることだ。さもないと、たちまち牡蠣のように口をつぐんでしまうだろう。仕方がないから聞いているんだというような態度を示せば、知りたいことは、だいたい聞き出せるものだ」>
各章の末尾に、その章で引用されている正典の参考箇所が記されている。もちろん私も、久しぶりに正典を読み返したことは言うまでもない。
システム1と2については、先に挙げた『ファスト&スロー』に詳しい。あわせて読むことをお勧めする。
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