本書を紹介するのに、あまり多くの言葉を費やさないほうがいいだろう。
なぜなら、これは名探偵シャーロック・ホームズや安楽椅子探偵の「隅の老人」といった頭脳派の探偵が、生命進化の謎という、人類最大にして最古の難題に挑んだ推理小説のようなものだから。謎解きの前にヒントや結末をほのめかすのは、本書の面白さを損なうことになりかねない。
「この世のすべての本が収められている万有図書館」
タイトルが示すように、「進化の謎を数学で解く」過程が順を追って語られるのだが、だからといって数学の知識は必要ない。
必要なのは、名探偵エルキュール・ポアロのように「灰色の脳細胞」をめまぐるしく回転させ、「この世のすべての本が収められている万有図書館」――しかも、四次元どころか途方もない次元でネットワーク化されている図書館ネットワーク――を脳内に構築し、その中を渉猟することのできる想像力だけだ。
読者が渉猟するのは、「心の眼をもってしか見ることができない」数学的な概念の世界だが、著者は「万有図書館」のように、視覚化しやすい比喩をふんだんに用いて読者の心の眼を開かせてくれる。
たとえば、こんな一節がある。
<それぞれの遺伝子型ネットワークが他の多数のネットワークに取り囲まれ、あらゆる側面から枝が入り込み、厚いネットワークの薄織物を形成しており、この薄織物はあまりにも複雑なため、どこをとっても同じようには見えず、一本一本が異なる表現型に対応している何百万本、何十億本、あるいはそれ以上の異なる糸からできている。もし一本一本が違った色をしていれば、この薄織物は、どの一本の糸を見ても何十億本もの別の色の糸が通っているという、入り組んだやり方で編まれていることになるだろう。高次元の空間だけが、そのような織物を収めることができ、その肌理は、私たちの理解力を超えたものであろう。>