イノベーションをめぐる二重のストーリー仕立て
著者のアンドレアス・ワグナーは、エール大学で博士号を得て、スイスのチューリッヒ大学で進化生物学に本格的に取り組み始める。数学とコンピュータを駆使して生命の謎に迫る気鋭の生物学者である。
想像上の万有図書館で、著者が旅を始めたときはひとりだったが、探索の段階を追うごとに強力な同行者や助っ人が現れて、謎解きを手伝ってくれる。
名探偵は一人ではなく、相棒がいて、チームの仲間がいるのである。
個性的な技能や背景をもつ異分野の研究者たちが、世界中から著者の研究室に引き寄せられ、独創的な仕事をこつこつと成し遂げていく姿は、桃太郎のようなおとぎ話や壮大な「サーガ」を彷彿させる。
変異の複雑な組み合わせのなかに新機軸はある、という「自然のイノベーション」の秘密とも共通しており、イノベーションをめぐる二重のストーリー仕立てになっているかのようだ。
<彼らは、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの十数カ国からやってきており、生物学、化学、物理学、数学を含む多様な学問分野の出身者である。これは偶然の一致ではない。なぜなら、私たちが取り組む問題は、新しい技能の組み合わせを必要とし、私としては自分たちの仕事を、進化の所業と比較したいほどのものである。新機軸の研究は、それを創造するのと同じように、新しい組み合わせ――酵素的なものではなく知的なスキルの――から絶大な恩恵をこうむるのである。>
「自然がおのずから創造する力」
さて、ダーウィンの自然淘汰説をもとにした現代の正統派進化論では、「一つの種(集団)の個体のうちで、より適応的な変異をもつ個体がより多くの子孫を残すことによって、時間とともに集団の遺伝子プールの組成が変わり、種は適応的な進化をとげる」と考える。
しかし、ゲノム解読が進んで以降、遺伝子型と表現型は単純な一対一の関係ではないとわかってきた。適応した変異個体を発端とする進化という図式では、説明しきれなくなったのである。
その最大の疑問が、本書のテーマ「自然淘汰は最適者を保存することができるのか。その最適者はどこからやってくるのか?」である。