足立倫行のプレミアムエッセイ

2016年8月10日

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 案内してくれた研究者によれば、「お客さんの感想はどちらもウチナンチュー(沖縄人)」(笑)らしいが、それはともかく、2体で目立つのは持ち物の違いだった。

 2007年版は片手に木の槍、もう一方の手にヤンバルクイナ2羽を持っていて、2014年版の方は片手にオオウナギ、もう一方の手にモクズガニ3匹を吊り下げている。

 なぜ獲物が変化したのかといえば、2009年に発掘調査されたサキタリ洞遺跡(南城市)の約2万年前の炭化層から、大量のモズクガニのハサミや巻貝の殻、オオウナギの骨などが出土したからだ。港川採石場とサキタリ洞は同じ雄樋川下流域にあって、約1・5キロしか離れていない。サキタリ洞はかつての港川人の生活域と考えられたのだ。

 私たちのイメージする祖先の姿は、新発掘・新学説によってガラリと変わってしまう。

 サキタリ洞遺跡の発掘は画期的だった。シカやイノシシを主な食料とする本土の旧石器人と異なる食生活だったことが一つ。

港川人の汚名が晴れる

 もう一つは、港川採石場の遺跡では石器が1点も発見されていなかったが、サキタリ洞では約1万4000年前の地層から石英製の石器が3点も出土したこと。これで「文化を伴わない」とされた港川人の汚名が晴れた。

 さらに驚くべきは、約2万年前の地層から人骨(断片)と共に、加工痕や使用痕のある扇形の具器が何点も出土したことである。旧石器時代の遺跡から、石器以外に具器が出土したのは世界的にもきわめて稀だ。

 沖縄県では、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡からも、2008年以降の調査により、約1万年〜2万年前の旧石器時代の人骨が魚類や動物の骨と共に発掘されている(この6月30日にも新たに十数体が発見され、中には約2万6000年前の人骨もあった)。

 今や沖縄県は、世界でも屈指の「旧石器人骨の宝庫」になったと言えるのだ。

 現在の定説によれば、現生人類(新人=ホモ・サピエンス)は約20万年前にアフリカで誕生し、約6万年前から世界に拡散、日本列島へは約3万8000年以降に到達したとされる。

 当時は氷河期で九州、四国、本州が一体の古本州島だったが、約3万8000年前に朝鮮半島経由で対馬ルートから、約3万年前に大陸の一部だった台湾経由で沖縄ルートから、そして約2万6000年前にシベリアと陸続きの樺太経由で北海道ルートから、それぞれやってきて日本列島先住民となり、彼らが縄文人の祖先になった、というわけだ。

 しかし、(たとえ航海実験が成功したとしても)この定説で「日本人ルーツがわかった」と言えるどうかは疑問である。

 というのも、人類のアフリカ単一起源説そのものが、まだ揺らいでいるからだ。

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