――そういった状況から先生のご専門である男性学はどのように誕生するのでしょうか?
田中:そうした仕事中心の男性の生き方に対する異議申し立てに代表されるように、男性が男性であるがゆえに抱えてしまう悩みや葛藤に着目する学問で、80年代後半から90年代初頭にかけて、女性学の影響を受け議論が始まりました。男性学と女性学の共通の目的は「性別にとらわれない多様な生き方の実現」です。これは、仕事に全てを捧げる男性や専業主婦の存在を決して否定しているわけではなく、そうした男性や女性がいる一方で、主夫やバリバリ働く女性も認めようという考えです。
日本には男性学をメインに研究している大学教員は現在も5人程度しかいませんが、私が研究を始めた20年ほど前に、仕事中心の男性の生き方に異議を唱えたりすると周りに白い目で見られることもよくありました(笑)。
私自身大学4年時を振り返ってみると次のような思い出があります。真面目な友人や、バンド活動やアルバイトばかりしている友人、髪の毛の色もいろんな色の友人とそれまで多様だった同級生が、突然みんな同じようなスーツを着て、同じような髪型にして就職活動を始めたんです。就職して定年までの約40年間、最低でも1日8時間の週40時間、さらに残業までして働くとみんなが言い始めた。そういう生き方に違和感を持ちましたし、それが男性学を志したキッカケです。
それまで多様だった友達がワンパターンになっていく仕組みは面白いなと思いましたね。研究を始めると、例えば農家なら家族で働いており男だけが仕事しているわけではないので、人が会社などに雇われて働かないとそういう仕組みにならないことがわかりました。
就活でみんなが就職することに疑問を持ったことをキッカケに、その後は戦後日本社会でいかに男は仕事、女は家庭というみんなが当たり前だと思っている仕組みが成立していったかを研究しています。
――先ほど仕事中心の男性の生き方への異議申し立てとありましたが、失われた20年を経た現在でも、そのような「普通の家族」のあり方を目指している人も多い印象がありますし、週刊誌などでも夫より妻の収入が多いと格差婚などと揶揄されます。
田中:高度経済成長期に形成された性別役割分担は、昨日より今日、今日より明日が良くなっていくことが前提の社会でこそ機能します。男性側からすると、自らの生活の全てを仕事に没入させれば家族全員が食べられたし、親よりも良い生活が出来た。そうした働き方自体に様々な問題はありましたが、少なくとも納得感はありました。ここ50年ほど男性が1日8時間、週40時間以上働くという前提で社会が回ってきました。それを期待して、家のローンを組んだり、子どもを進学させたりと。