必死のクルド人説得
オバマ政権にとってこれ以上に頭が痛いのは、トルコ軍のシリア侵攻を支援したことで、すっかり怒らせてしまったクルド人の懐柔問題だ。米国は急きょ、有志連合担当のブレット・マクガーク特使をシリア北部のクルド人支配地域に派遣。シリアのクルド人武装勢力(YPG)に対し、米国の支援に変わりのないことを強調し、ISとの戦いを続行するように必死の説得工作を行った。
米地上戦闘部隊の派遣をしないと誓っているオバマ政権にとって、YPGはシリアとイラクを拠点とするISを壊滅させるために不可欠な軍事組織だ。シリアの反体制派は弱体な上、ISよりもアサド政権との戦いを優先しており、頼りにならない。
しかし敵と見なすYPGの勢力拡大を安全保障上の脅威とするトルコは先月、シリア領に侵攻し、ISの国境沿いの拠点を制圧するとともに、クルド人がこれ以上勢力を伸張させないよう“防護壁”を構築した。これによってYPGの進撃は食い止められることになった。
修まらないのはYPGなどクルド人勢力である。これまで米国の要求に応じてISとの戦いで血を流してきたのは、シリア紛争が終結したあかつきには、自分たちの独立国家、ないしは自治国家を創設できるという希望があるからだ。米国に貸しを作っておけば、こうした目標の達成に米国が支援してくれるだろう、との期待もあった。
しかし米国が敵対するトルコ軍の侵攻を空爆で支援したことに、クルド人たちの間では「米国に裏切られた」との感情が強い。こうした感情の背景には、1世紀にわたってクルド人が列強や周辺国から利用され、翻弄されてきた歴史がある。
クルド人は国家を持たない最大の民族といわれ、約3000万人がトルコ、シリア、イラク、イランの4カ国にまたがる形で居住している。第1次世界大戦後には一時的にクルド国家構想がセーブル条約に盛り込まれたが、後に否定されて日の目を見なかった。以来、クルド国家は民族的な悲願となってきた。
米国は1975年、イラクのフセイン政権と戦わせるため、イランと一緒になってクルド人に武器を供与した。しかし当時のヘンリー・キッシンジャー国務長官はイランとイラクが和解した後、クルド人への支援を突然打ち切った過去もある。
クルド人は米国がクルド人を利用してISを壊滅した後は、再びクルド人を見捨てるのではないかと恐れている。今回のトルコ侵攻を支援したのはその前兆というわけだ。
このためYPGなどクルド人勢力はISとの戦闘復帰に際し、米政府に対して将来の独立国家への支援の約束を要求するのではないかとの観測が高まっている。たとえ秘密裏にであっても、米国が政治的な禍根を残しかねないそうした約束をすることは難しく、クルド人説得は多難だ。
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