「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2016年9月30日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 まつりには、私たちの秋津コミュニティも子どもたちのバザーコーナーや遊びの広場などを設けていることから、園生の活躍にふれると声がけします。

 また、まちですれ違っても互いに声がけするようになってきました。

 そんなときは「みんなが秋津の仲間」としみじみと感じます。

特別支援の児童との交流授業

 こんな関係になるまでには、じつはさまざまなことがありました。

 私が秋津小学校のPTA役員最終年で秋津コミュニティを創設したころ、つまり25年も前のことです。

 「岸さんね、校長さんが広報紙にのせる記事の原稿の訂正をというんですよ!」と、PTAの広報部長のお母さんが少し憤慨しながらいいました。

 聞けば、広報部が取材した秋津小学校の児童とあかしあ学園の子どもたちとの交流授業の記事に、「最初はこわいなぁとおもいました」や「ぎゃーとかの声でびっくりした」といった子どもの感想があるとのことからです。

あかしあ学園の児童と秋津小学校2年生との交流(秋津っ子が育てて届けたスズ虫へのお礼状や飼っている写真など)の校内掲示

 じつは秋津小学校では、その数年前から花の実園の隣にある市内の特別支援が必要な知的障がい児童の通園施設である市のあかしあ学園の子どもたちとの交流授業を開始していました(現在は、児童福祉法の改正によりあかしあ学園と隣接の肢体不自由児の通園施設であるあじさい学園と統合して「あじさい療育支援センター」となっています)。

 その交流の様子を取材した原稿について、校長さんが難色を示したのです。

 そこで、まず私と校長さんだけで話し合うことにしました。

 私は校長さんにいいます。

 「じつは広報部長は言語療法士の資格を持っていて、非常勤で船橋市の児童たちの言語療法をしています」

 こう切り出すと、校長は「ほほ~、そうですか。それは知らなかったなぁ」といいながら和らいだ様子。

 「ですから日常的な接し方をよくご存じで、ましてや差別感などまったくないすばらしい人です」と私。

 すると校長は、「わかりました。なんとか折り合いをつけましょう」といいました。

 ということで広報部長も納得し、表現を和らげただけで広報紙は無事に発行されました。

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