まつりには、私たちの秋津コミュニティも子どもたちのバザーコーナーや遊びの広場などを設けていることから、園生の活躍にふれると声がけします。
また、まちですれ違っても互いに声がけするようになってきました。
そんなときは「みんなが秋津の仲間」としみじみと感じます。
特別支援の児童との交流授業
こんな関係になるまでには、じつはさまざまなことがありました。
私が秋津小学校のPTA役員最終年で秋津コミュニティを創設したころ、つまり25年も前のことです。
「岸さんね、校長さんが広報紙にのせる記事の原稿の訂正をというんですよ!」と、PTAの広報部長のお母さんが少し憤慨しながらいいました。
聞けば、広報部が取材した秋津小学校の児童とあかしあ学園の子どもたちとの交流授業の記事に、「最初はこわいなぁとおもいました」や「ぎゃーとかの声でびっくりした」といった子どもの感想があるとのことからです。
じつは秋津小学校では、その数年前から花の実園の隣にある市内の特別支援が必要な知的障がい児童の通園施設である市のあかしあ学園の子どもたちとの交流授業を開始していました(現在は、児童福祉法の改正によりあかしあ学園と隣接の肢体不自由児の通園施設であるあじさい学園と統合して「あじさい療育支援センター」となっています)。
その交流の様子を取材した原稿について、校長さんが難色を示したのです。
そこで、まず私と校長さんだけで話し合うことにしました。
私は校長さんにいいます。
「じつは広報部長は言語療法士の資格を持っていて、非常勤で船橋市の児童たちの言語療法をしています」
こう切り出すと、校長は「ほほ~、そうですか。それは知らなかったなぁ」といいながら和らいだ様子。
「ですから日常的な接し方をよくご存じで、ましてや差別感などまったくないすばらしい人です」と私。
すると校長は、「わかりました。なんとか折り合いをつけましょう」といいました。
ということで広報部長も納得し、表現を和らげただけで広報紙は無事に発行されました。