「お父さん、あの人、なんかヘンだよ」
いま3歳児の母になった私の娘が5、6歳のころ、秋津のまちにできたばかりの障がい児者(この言葉、いやだなぁ)の通所施設に通うために、まちなかをいくかたの様子を見ていいました。
娘に私はキチンと話すと同時に思いました。
「ああ、普段から接していないままに育つと、こういうモノいいになるんだな」と。
だからこそ、同じまちにいて当たりまえの、そんな秋津にしたい! と思いつづけてきました。
9月は8月のリオ・オリンピックに引き続き、リオ・パラリンピックのテレビ観戦で熱狂しました。
さまざまなハンディを負いながらも自らの意志でハンディを前向きに抱え込みベストをつくすアスリートたちの姿、その苦難の人生のエピソードなどにも感動しながらね。
そんなことから、今回はノーマラーゼイションのまち育てと学校づくりの秋津の話をしますね。
いいじゃない! 福祉施設のあるまち
秋津のまちは東京湾の埋め立て地にできたために公的な余裕敷地が多く、長いこと手つかずで原っぱのままのところもありました。
習志野市の社会福祉協議会の本部や障がい児者の施設などがある総合福祉センター横の敷地も、長いこと原っぱのままでした。
そこに「新・総合福祉ゾーン構想」が具体化し、特別養護老人ホームやデイケアサービスセンターがつぎつぎにできました。
ハード面ではまさに、まち全体がノーマライゼイション環境の様相になってきました。
秋津にこのような市の施設ができたことを、私はうれしく思います。
だって、障がいをもったかたもお年よりも、市全域からやってきて、日常的に「いてくれる」からです。
ハンディをもった人たちがいることが、健全なまちの姿と思うからです。
そんな環境で子どもたちが日常的に育つことが大切だと思います。