桜の山、吉野山、ゴミの山
桜の名所は、日本各地にあります。が、必ず名前が出て来るのが、「青森の弘前公園」「長野の高遠城址公園」、そして「吉野山」です。古くから開けた奈良にありながら、吉野は別世界ですね。それくらい、山深い。それゆえ、政争に敗れた人が逃げ込んで来ました。
例えば、源九郎判官義経。静御前と吉野で別れます。静御前はその後、頼朝の手の者に捕まり、頼朝の前にひきづり出されます。その時舞うのが、かの『吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の跡ぞ恋しき』。
また、後醍醐天皇が、南朝を開いたのもこの地。いろいろな謎がひしめいてますから歴史ミステリーで何度も取り上げられますね。
楠木正成の息子正行が、足利氏との決戦の地、四條畷に出陣する前に一族・郎党143名の名前を吉野の如意輪堂の壁板を過去帳に見立てその名を記し、辞世の句を鏃(やじり)で書き残します。
『かへらじと かねて思へば梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる』
あまりにもカッコイイのですが、生きていた頃は、流暢な河内弁をしゃべっていたと思います。当時言われている「悪党」に相応しい雰囲気だったのではと思いますね。
それはさておき、そんな数々の秘められた歴史を見ようと1991年、バイクで吉野を旅したことがあります。ゴールデンウィークの前半でしたが、桜が残っていました。そして大量の弁当カスが崖下に。そうですね、8トン トラック5台分というと大げさでしょうか? 上昇気流にのり、凄まじい臭いが立ちこめていました。
こうなると、義経&静の別れの涙、楠木正行の悲愴な決意もあったものではありません。上野公園などは対策のため、馬鹿でかい臨時のゴミ箱を公園のあちこちに設置しています。無礼講のお花見ですが、「清く、正しく、美しく」ありたいものです。
では、よい春の日を!
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