2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2010年6月23日

 一方、米国の同盟国である欧州は中国のような懸念を持たないはずだが、中国同様、13年から独自システムのGALILEOを進めようとしている。その一つの理由は、欧州が過剰にGPSに依存しており、将来的にGPSが利用できなくなった場合、欧州全域に及ぼす影響が甚大だからである。航空機や船舶の航行はもちろんのこと、高速道路の課金システムなどにもGPSが使われており、欧州の公共政策に不可欠な社会システムとなっている。さらに、GPS衛星は原子時計という極めて精密な時計を搭載し、世界の標準時刻となっているため国際的な金融決済のタイムスタンプにGPSの時刻が使われている。国際的な金融センターであるロンドンやフランクフルトを抱える欧州としては、GPSからの信号が受信できなくなれば、金融システムが混乱するという懸念もある。

 さらに、欧州はGALILEOを用いて、新たなサービスを提供しようとしている。それは、有事の際でも信号が劣化しない、民間向けの暗号化信号を提供することである。GPSは軍事信号と一般信号の2種類しかないが、GALILEOは合計で5種類の信号を発信しており、そのうちの一つを暗号化し、料金を払った企業(航空会社や鉄道会社など)だけが受信できるようにしている。こうした商業的サービスは、軍事に依存せずに社会システムを維持するという欧州の方針から生まれた政策のイノヴェーションであり、新たな世界標準を目指す戦略といえる。

社会に必要不可欠
日本の準天頂衛星

 一方、日本の測位システムは、不可欠な社会システムと位置づけ、政府の責任で30機前後の衛星を飛ばし、世界中で測位できる他国のそれと比べて大きく違う。日本の測位システムは「準天頂衛星システム」と呼ばれ、地上から見ると一つの衛星がずっと天頂(真上に見上げた空)にあるように見えるものである。

 準天頂衛星は静止衛星(赤道上で地球の自転に合わせて移動する)とは異なり、3機が8時間ごとに入れ替わることで、常に1機が天頂に留まる状態をつくることができる。もっとも、1機が天頂に留まっても自律的な測位はできず、他に二次元では最低2機(水平方向)、三次元(高さも計測)では最低3機のGPS衛星からの信号を同時に受信する必要がある。そのため、準天頂衛星はGPSと同じ信号を発信し、GPSの力を借りて測位をするシステムとなっている。つまり、準天頂衛星はあくまでもGPSの補完・補強というシステムであり、それだけでは意味がない、という議論もしばしば聞かれる。

 6月3日の総務省の事業レビューでも費用対効果が問題になったが、日本が準天頂衛星を持つことには様々な点で重要な意味がある。第一に、我々が使えるGPS信号はあくまでも米国の「善意」で使わせてもらっているものだが、その情報が正確であることを証明することはできない。準天頂衛星は、日本政府が管理する衛星であり、日本のユーザーに向けて信頼性の高い精度情報(インテグリティ情報)を提供することができる。

 これにより、航空機の誘導や鉄道運行管理、精密測量、山岳や海での遭難救助など、生活の様々な面で安定した正確な位置情報を得ることができる。また農業機械が準天頂信号を使って自動化すれば、広大な農地を少人数で耕作できるため、耕作放棄地の活性化や食糧安全保障への貢献も期待できる。さらに、建設機械や測量の自動化・効率化が進むことによって、ダムや高速道路などの大規模建築が圧倒的に効率化し、少人数でも短い工期で事業を進めることができる(ある重機メーカーのテストでは60%の工員数であっても工期が44%短くなるとの結果が出ている)。少子高齢化で労働人口が少なくなり、財政状況が悪化している日本にとって、大きなメリットとなる。

 第二に、準天頂衛星は日本の天頂に1機が留まっている間、他の2機は東アジアからオセアニア地域を移動し、豪州上空で天頂に留まっているように見える。つまり、準天頂衛星はこの地域における国際公共財としての役割を持ち、日本がその公共財を提供することで、東南アジアや豪州における測位活動を支援することができる。準天頂衛星にはこうした国際的・外交的な利点もある。

 しかし、最も重要なポイントは、日本が準天頂衛星を運用することが、安全保障上重要な意味を持つということである。北朝鮮による韓国の哨戒艦撃沈に見られるように、東アジアの安全保障環境は緊迫した状況にあり、仮に最悪の事態が起きたとき、準天頂はGPS衛星の補完・補強をするだけでなく、日本列島や朝鮮半島における安全保障活動の支援をすることが期待できる。現在の米軍も自衛隊もGPSの軍事信号に大きく依存しているが、準天頂衛星が加わることで、GPSを受信しにくいビル陰での市街戦や山岳地帯でのゲリラ戦、さらにはミサイル防衛のような精密な測位を必要とする防衛手段の強化に資することができる。


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