ものづくりが‟拙速”であるべき理由
――コミュニケーションの下地があることで、イメージを伝えやすくなるのは確かですね。ここまで伺ってきて、片渕監督は「具体性」を重んじることで、映画づくりというプロジェクトをまとめているように思いました。
片渕:さらに付け加えると、僕はものづくりは拙速であるべきだと思っているんです。
――拙速ですか。
片渕:出来上がりが拙劣なものでも、早めに具体的な成果物が出てくれば、トライアル&エラーを繰り返すことで目標に近づくことができます。時間をかけて完璧を期そうとしても、出来上がってみたら拙劣なものだったということは、普通にありえますよね。アニメは試行錯誤を繰り返す以外に目標地点にたどり着く方法がないので、まずは拙速でもいいから形になった成果物を出すことが大事なんです。
なぜなら、人間の脳は「動き」というものを具体的にイメージすることができないからです。人間の脳がイメージできるのは静止画だけで、それを連続させることで動いているように思ってるだけで、正しいタイミングで動かせているわけではありません。つまり、アニメーションも実際に一度書き起こして動かしてみないことには、自分の作ろうとしていたものが正解なのか間違っているかもわからないんです。
じつは、アニメーターって鉛筆以上に消しゴムにこだわる人が多いんです。それは、アニメーターが描いては消してのトライアル&エラーを繰り返す仕事だからです。鉛筆はだいたい支給されるものを使いますが、消しゴムについては、どれぐらいの力でどれぐらい消えるのがいいか、人によって好みや使い方が分かれます。
アニメーションというのは、そういうトライアル&エラーの繰り返しによる「具体性の積み重ね」で出来上がっているんだと思います。
――ありがとうございました。
コミュニケーションで溝を埋める
片渕監督はインタビューの際、「アニメーションは本来、ひとりで作れるもの」と仰っていました。しかし、壮大で緻密な作品はひとりの力では作れません。だからこそ「人の力を借りなければならない」とのことですが、翻って私たちが所属する組織も、ひとりでは出来ないことを成し得るために存在しています。しかし、組織とは様々な個性の集合体です。得意や不得意もそれぞれ違えば、興味や関心もバラバラです。そこに生じる溝を埋めるのがコミュニケーションで、仕事以外の相手の側面まで理解して初めて、自分の伝えたいことが相手に伝えられるのかもしれません。チームがうまく機能していないと思ったら、何気ない会話から始めてみてはいかがでしょうか。
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片渕監督は終始穏やかに語ってくださいましたが、注意深く言葉を選びながら話される姿にどこか威厳のようなものを感じずにいられませんでした。壮大で緻密なプロジェクトを完成に向かわせるために必要な厳しさと、個々のスタッフに向けられる関心や気遣いのバランス。それもまた、『この世界の片隅に』という異例のヒット作が生み出されたひとつの要因のように思えました。(編集部より)
'68年、静岡県生まれ。'00年からフリー。アニメ作品・アニメ業界への取材を行っている。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ』(NTT出版)、『声優語』(一迅社)、『ガルパンの秘密』(廣済堂新書、執筆は一部)などがある。TV番組に出演したり、複数のカルチャーセンターで講座も担当する。
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