韓国の「読み方」

2017年7月24日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 日本の場合、北朝鮮の核.ミサイル開発の脅威と言われても実感などなかったのに、急に騒がれるようになったことへの戸惑いがありそうだ。1998年に北朝鮮の発射したテポドン・ミサイルが日本列島上空を通過したことで突然、大騒ぎになったことに通じるものだ。ふだん何も考えていなかったところへ、「米軍は攻撃するだろう」「戦争になるかもしれない」などと語る「専門家」がメディアに登場したのを見て不安になった人が少なくない。

 「起こらない」と言い切るには根拠がなければいけない気がするし、そもそも米軍の最高指揮官はトランプ氏である。果たして常識が通じるのだろうかと迷ってしまうという意識が「わからない」の多さに示されているのではないか。私は同じことを聞かれれば「米軍に先制攻撃ができるとは考えられない」と言い切るが、それでも「トランプ氏だから迷いは残る。まさかとは思うけれど…」と付け加えざるを得ないのである。

トランプ氏の「予測不能性」を恐れる韓国社会

 日本側の結果は、一部の無責任なメディアにあおられた人が多かったという残念な点はあるが理解できるものだった。意外だったのは、韓国でも「起こると思う」が4割近かったことだ。もちろん「起こらないと思う」と答えた人の方が多いので、日本より落ち着いているのだが、それでも意外な数字だった。

 以前にも紹介したが、近年の韓国で北朝鮮の脅威を実感することは「ない」と断言できるほどだ。2002年のサッカー・ワールドカップ(W杯)で韓国が出場した3位決定戦の日には黄海上で南北海軍が衝突し、韓国軍に4人の戦死者が出た。それでもW杯の試合は予定通り行われ、ソウル市庁前の広場には数万人の市民が街頭応援で集まった。2010年には韓国軍哨戒艦「天安」沈没、延坪島砲撃といった軍事衝突が起きて韓国側に人命被害が出ているが、この時も韓国世論が大きく動揺したわけではない。

 私は今年4月、米空母の派遣で緊張が高まっている時期にソウルへ行ったが、人々の言動から危機感を感じることはなかった。テレビでは「日本では戦争になるのではないかと危機意識が高まっている」というニュースが流れており、日本は騒ぎ過ぎではないのかと多くの韓国人に聴かれたほどだ。そうした感覚は、ソウルに常駐している記者でも変わらなかったようだ。ソウル駐在30年以上の名物記者である産経新聞の黒田勝弘ソウル駐在客員論説委員は同紙のコラムに「いつもそうだが肝心の韓国社会にはことさら緊張感も危機感も感じられない」と書いていた。

 黒田氏の見解は、専門家の間で極めて一般的なものであり、私も完全に同意する。だから、韓国でも4割近い人が米軍の先制攻撃を「起こりうる」と考えているという調査結果は驚きだった。解説動画で一緒だった西野純也慶応大教授と私は結局、「トランプ氏は何をするか分からない」という意識が強く作用したのだろうという見解で一致したのだった。

レッドラインを「示せない」トランプ政権

 今年春の緊張状態はトランプ政権が作り出したものだった。トランプ政権は4月上旬、米中首脳会談に合わせたかのようにシリア攻撃を行って「力の行使」をためらわない姿勢を見せつけ、北朝鮮に対しては空母2隻を日本海に派遣して圧力をかけた。北朝鮮は弾道ミサイル発射を繰り返していたが、それは従来の延長線上の行為だった。米朝どちらが「尋常でなかったか」と言えば、それは明らかに米国である。

 ところがトランプ政権は5月に入ってから急に北朝鮮攻撃に消極的な姿勢を見せ始める。

 ティラーソン国務長官は5月3日の演説で、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄すれば金正恩体制の転換を求めないと表明した。マティス国防長官も19日の記者会見で、軍事的解決を図ろうとすれば「信じられない規模の悲劇」をもたらすと述べて、あくまでも外交的手段で打開すべきだと強調した。現在も「全ての選択肢」という看板を下ろしたわけではないが、先制攻撃は非現実的だと判断していることは明白である。

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