「クリントン株式会社のせいで、わたしたちは負けた」
結局は、既存の政治や政党への不信感が広がるなか、政治家として長年、活動してきたことが実績として評価されず、むしろ既得権益を守る立場の政治家として有権者に嫌われたということなのだろう。本書では、ヒラリー陣営の有力者の次のコメントも紹介している。
“We lost because of Clinton Inc.,” one close friend and adviser lamented. “The reality is Clinton Inc. was great for her for years and she had all the institutional benefits. But it was an albatross around the campaign.”
「『クリントン株式会社のせいで、わたしたちは負けた』と、ヒラリーの親友でアドバイザーでもある一人は嘆いていた。『ヒラリーは長年にわたりクリントン株式会社に助けられ、彼女は体制側の人間としての恩恵をすべて享受してきたのが現実だ。そうした現実が選挙キャンペーンの大きな障害だった』」
夫のビル・クリントンが大統領も務め、クリントン株式会社と呼べるような利権を生み出すシステムができあがってしまった。その恩恵を受けて政治家として活動したヒラリーには、どうしてもワシントン政界のインナーサークルの人間としてのイメージが定着してしまった。そこが、大統領選では邪魔になったという弁だ。では、当の本人はどう思っているのだろうか。本書は残念ながら、ヒラリー本人に直接取材していないようだ。しかし、ヒラリー陣営の人々への綿密なインタビューにより、次のような証言を引き出している。
On a phone call with a longtime friend a couple of days after the election, Hillary was much less accepting of her defeat. She put a fine point on the factors she believed cost her the presidency: the FBI (Comey), the KGB (the old name for Russia’s intelligence service), and the KKK (the support Trump got from white nationalists).
「選挙から数日たった後、長年の友達との電話では、ヒラリーは自分の敗北を認めたくない様子だった。ヒラリーは、大統領選で負ける結果につながったと考えるいくつかの要因をあげた。FBI(コミー)やKGB(ロシアの諜報機関の旧称)、KKK(トランプが白人の国粋主義者から集めた支持)だ」
選挙キャンペーン中に、電子メール問題を蒸し返したFBIのコミー前長官や、情報操作に加担したと取りざたされたロシアの存在などを、ヒラリーは大統領になれなかった原因だと考えていたという。トランプ支持者たちを、白人至上主義による秘密結社のKKK(クー・クラックス・クラン)になぞらえるあたりは穏当ではない。しかし、トランプ支持者たちをKKKとして切り捨ててしまうあたりに、白人の労働者階級のワシントン政界への不満を理解できないヒラリーの限界が浮かび上がる。
もっといえば、民主党や共和党という党派の枠を超え、自分たちのために政治家は働いてくれていないという不満が、一般国民の間に高まっていた。この点をヒラリーは見誤ったのかもしれない。本書でも、アメリカ社会における一般市民の思いを次のように整理している。
The public’s anger with Washington had built steadily over the intervening years, but it was divided: Conservatives believed the government had grown too powerful and redistributed too much money from taxpayers. On the left, voters often viewed the existing government as an impediment to greater redistribution of wealth and more benefits for the middle and lower classes. However, these two sets of populists did overlap in a few essential areas. They were mad about corporate subsidies, trade agreements, and American military intervention overseas.
「ワシントン政界に対する一般大衆の怒りは数年の間に徐々に積み上がり、しかも二分されていた。保守派の人々は政府の力が強大になり、納税者が納めたお金をばら撒きすぎていると考えていた。反面、左派では、有権者たちはよく次のように考えている。現在の政府は、富の再配分をより推し進めたり、中間層やその下の階層の人々にもっと支援を与えたりするうえで、障害となっている。しかし、これら2組のポピュリストたちはいくつかの点で共通していた。企業に対する補助金や貿易協定、国外へのアメリカ軍の派兵について、ポピュリストたちは怒り狂っていたのだ」