2024年4月20日(土)

ベストセラーで読むアメリカ

2017年7月27日

 ヒラリーが正攻法で政策論を展開しても有権者の納得を広く得られなかったのも事実なのだろう。ヒラリーはダメなアメリカの象徴だったとも本書は指摘している。まさに、ヒラリーと逆のことをやったのが、東京都の小池百合子知事だ。自民党政権への批判票をうまく取り込み、東京都議選で都民ファーストを大勝利に導いた。既成の政党に対する反発という大きな流れをヒラリーは読めなかったのだ。トランプ大統領は、支持母体の共和党とも対立しながら、ポピュリストたちの不満にこたえる姿勢をアピールし選挙に勝ったわけだ。

いまさらヒラリーの選挙キャンペーンを振り返っても……

 本書の普遍的な内容を要約すると、このようにあまり目新しくない論評となってしまう。ただ、本書はヒラリーの選挙キャンペーン陣営の内幕を暴くのを主眼とするノンフィクションだ。真骨頂はやはり、ヒラリー陣営での選挙参謀たちのギスギスした人間関係だ。ヒラリーの取り巻きたちが邪魔となり、陣営内で情報共有が滞り深刻な事態に陥るなど、選挙キャンペーンの事務局がうまく機能していなかった実態を暴く。

 独自のデータ分析に自信を持つ選挙参謀の一人は、従来型の世論調査には重きを置かず、勝てる選挙区で確実に勝つ戦略をとる。その結果、投票を呼びかけるボランティアを十分に雇わず、勝てるはずの選挙区でも負けてしまう失敗をおかす。選挙で勝ったあかつきには、政権で重要なポストをもらえるように、選挙キャンペーン中から同じ陣営の同僚の足を引っ張りライバルを重要な仕事からはずすなど、内輪の権力争いもよくあったことを本書は細かく描く。おまけに、元大統領のビル・クリントンをはじめ大物の存在には事欠かないため、どうしても船頭が多くなり、優秀な選挙参謀たちも機能不全に陥る。ビル・クリントンからいろいろ指示されたり、選挙戦略について批判されたりすると、だれも反論できないのだ。

 すごい取材力だとは感心するものの、日本人である筆者はワシントンの選挙ビジネスに群がる人々について詳しいわけでもないので、退屈な部分があったのも正直なところではある。

 時折、面白かった部分といえば、政治家に対する人物評だ。なるほどアメリカの現地では、こういう言われ方をしているのだなと、なんとなく納得させられる記述がいくつかあった。次の一説は、家庭に恵まれただけなのに、生まれた瞬間から自分の実力だと勘違いしているトランプ大統領を、うまく揶揄していて面白い。

 Former Texas agricultural commissioner Jim Hightower once said of George H. W. Bush that he was born on third base and thought he hit a triple. Well, by that measure, Trump was born on third base and clearly thought he’d stopped there, ever so briefly, to drink in the roar of the crowd as he trotted home in celebration of a grand slam.

 「テキサス州の元農務長官のジム・ハイタワーはかつて、父ジョージ・ブッシュについてこう評した。運よく三塁ベースの上で生まれただけなのに、自分が三塁打を打ったと思っている、と。そうであるならば、トランプは三塁ベースの上で生まれたうえに、明らかに次のように思っている人間だ。ちょっとだけ三塁に止まっただけで、これから小走りでホームに向かい、自分が打った満塁ホームランを喜ぶ観客の歓声に浸るところだと」

 アメリカの民主党で、大統領候補の座を最後まで争ったバーニー・サンダースについては、ヒラリー陣営のなかでは辛らつな表現でからかっていたという。ほぼ負けがみえているのに、指名争いから撤退しないサンダースに嫌気をさした表現だが、残念ながら、日本に対する差別感情に根ざすコメントとも言えなくもない。

 In Brooklyn, Clinton aides joked about Bernie being the last Japanese World War II soldier tromping through the Philippines in the belief that the war was still being fought decades after it had ended.

 「ブルックリンでは、クリントン陣営の人々はバーニーについて冗談で次のように言っていた。とっくの昔に戦争は終わっているのに、戦闘が続いていると思い込んで、フィリピンで逃げ惑っている最後の日本兵のようだ」

 混乱の種ばかりが目立つトランプ大統領の政権運営を目の当たりにしながら、いまさらヒラリーの選挙キャンペーンを振り返ってもどうにもならない。それでも、もう少しヒラリーに民意をつかむ感性があれば、誤りを率直に認められる人徳があれば、アメリカの風景も変わっていたかもしれない。そう思うアメリカ人は多いのだろうか。とはいえ、次がある政治家でもないだけに、本書を一読しても、すっきりした気分や希望を味わえるわけではない。

  
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