2024年11月22日(金)

中島厚志が読み解く「激動の経済」

2010年9月7日

 しかし、足元も、大恐慌時と同様に世界経済の供給過剰と需要不足を主要国が揃って調整していかなければならない事態にあることは確かだ。そして、第二次世界大戦が、巨大な需要発生と供給力破壊を通じて世界の需要不足やデフレを伴った大恐慌を吹き飛ばしたのであれば、今回も大きな需要発生と供給調整によってブレイクスルーしなければ金融経済危機の最終脱却にはなお時間が掛かりかねない。

 実は、現在の世界経済には大恐慌時にはなかった明るい材料がある。中国やアジア諸国を中心とした新興国の高成長だ。もちろん、先進国の成長にぶら下がる形で新興国が高成長を遂げているのであれば、先進国経済が減速すれば新興国経済も減速するのだから、特に取り立てる材料にはならない。

 しかし、中国経済には世界経済が少々腰折れても自律的に高成長を続ける力がある。要因は、巨大な潜在需要の存在やインフラ投資の余地が大きいことばかりではない。土地公有制は財政赤字を大きくは膨張させずに財源を賄う原資を供給し、国有銀行システムと国有企業は、採算重視ばかりではない形で設備投資が盛り上がる枠組みを作り上げている。今回の金融危機で示されたように、中国は財政収支を大して傷めずに巨額の投資を行うことが可能なのだ。

 世界経済が今後回復軌道に戻るまで、新興国が高成長を続けることは極めて重要だ。しかし、このためにはいくつかの条件が必要だ。ひとつは、新興国がバランスの取れた経済成長を続けることだ。当たり前と思われるだろうが、多くの投資資金が高成長を続ける新興国に流入しており、不動産バブルや金融バブルが生じる懸念もある。世界経済の安定成長のためにも、新興国が高成長とバブルのバランスに細心の注意を払うことが極めて重要な局面にある。

 一方、為替切り下げ競争が新興国で起きないことも重要だ。人民元相場の動向が注目されている中国も、世界一の輸出大国、経常黒字国で世界第二位の経済大国になったのだから、世界経済の成長が緩やかな中で人民元ばかりが切り上がる状況にはなくても、少なくとも切り下げて自国の輸出を有利に維持する政策を採ることは好ましくない。これは、OECD加盟国である韓国や他の主要アジア諸国についても同じだ。

日本が勝ち抜くために必要なこと

 新興国の高成長が明るい材料としても、主要先進国も経済の安定的な成長力回復に向けて努力する必要がある。しかし、人口や潜在需要が新興国ほど大きくなく、グローバル化の中で生産拠点がますます新興国に立地していく中にあって、どうやって先進国が成長力を回復するのかは大きな課題だ。

 もっとも、人的資源や人口の伸びで新興国に適わないとしても、先進国には技術力、知財や高度な能力を有する人材がいる。だから、即効性はなくとも、人的資源をさらに開発し、活用していくことが、先進国経済が長い目で見て新興国に対して優位を保ち続け、復活する道だろう。

 先進国にとって、ちょうど現在が新たな産業革命が起きるような時期に相当していることは好都合だ。歴史上の最初の産業革命は、1765年にイギリスでワットが蒸気機関を改良し、近代的な工業の形成につながる蒸気機関による工場制機械工業と蒸気機関車による鉄道の発明によって生じた。その後、鉄道の隆盛、近代的化学工業や電気機械産業の発展、自動車・飛行機の登場、コンピューターの発明やIT産業の飛躍的発展などによって、ほぼ半世紀毎の周期で新たな産業革命が勃興し、世界経済を大いに成長させてきた。

 足元は第二次世界大戦後に、コンピューターやIT産業が登場してから半世紀ほど後に当たっている。環境産業はもとより、バイオ、ナノテク等新たな技術革新も目白押しで、現在は新たな産業革命が到来しつつあるようにも見える。新たな産業革命を確実に招来させ、先進国が主導した世界経済の発展に結びつけるためにも、先進国の技術革新と高度人材の育成はいままでになく重要となっている。

 日本経済は先進国の中でも低迷が続いている。しかし、先進国の新興国との競争はいままでになく激しくなっている。しかも、先進国の間でも技術革新と人材高度化如何が自国経済を立て直し、場合によっては世界経済をリードする鍵を握っている。財政制約は厳しいが、まさに官民が一体となって選択と集中を図り、グローバル経済下での大競争時代を勝ち抜かなければならない。


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