2024年7月14日(日)

補講 北朝鮮入門

2017年9月9日

第1回核実験

日時:2006年10月9日
地震波規模(マグニチュード):4.1
推定爆発規模:0.5~1キロトン
直前の情勢:7月5日にテポドン2発射。安保理は15日に非難決議。
事前の予告:北朝鮮外務省が10月3日に声明「安全性が保証された核実験を行う」
中国への事前通報:20分前
他国への事前通報:なし

実施後の北朝鮮発表:朝鮮労働党創建記念日(10月10日)前日に実施された。翌日の『労働新聞』は3面に核実験実施を伝える記事を掲載したが、見出しに「核実験」という言葉はなく、単に「朝鮮中央通信社報道」というだけ。内容も、核実験の成功を簡潔に伝えるだけの250字に満たない短い記事だった。1面トップには党創建記念日を祝う社説が大きく掲げられ、下段には金日成主席や金正日国防委員長の翌年の誕生日を祝う準備委員会がスリランカで結成されたという記事などが掲載された。

実験のポイント:初めての核実験。それまで強硬姿勢を取っていた米ブッシュ政権が、核実験を契機に対話に前向きな姿勢を見せるようになった。北朝鮮にとっては瀬戸際政策の典型的な成功例だったといえる。

第2回核実験

日時:2009年5月25日
地震波規模(マグニチュード):4.52
推定爆発規模:2~3キロトン
直前の情勢:4月5日にテポドン2改良型発射。安保理は13日に議長声明で非難。
事前の予告:北朝鮮外務省が4月29日に声明「核再実験や大陸間弾道ミサイルの発射実験を含めた自衛的措置を講じる」
中国への事前通報:30分前
他国への事前通報:米国に通報

実施後の北朝鮮発表:翌日の『労働新聞』は1面に「朝鮮中央通信報道 再度の地下核実験を成功裏に実施」という見出しで報じた。ただ、トップ記事の扱いではなく、掲載位置は1面の下半分。写真はなく、分量も300字超にすぎなかった。記事は「われわれの科学者、技術者等の要求に従って、共和国(注:北朝鮮)の自衛的核抑止力を百方に強化するための措置の一環」として核実験を行ったという内容で、最高指導者である金正日国防委員長の指示であるとか、米国への言及はない。この日の1面トップは、金正日氏が軍人たちによる芸術公演を観賞したというものだった。

実験のポイント:「人工衛星」発射に対する強い不満表明とともに核実験が強行された。4月14日には六カ国協議からの離脱が表明されていた。2008年8月に金正日氏が病に倒れ、金正恩氏が後継者として内定した後の出来事でもある。

第3回核実験

日時:2013年2月12日
地震波規模(マグニチュード):4.9
推定爆発規模:6~7キロトン
直前の情勢: 2012年12月12日にテポドン2発射。安保理は13年1月22日に制裁決議2087。
事前の予告:北朝鮮外務省が1月23日に声明。「核抑止力を含む自衛的な軍事力を拡大、強化する物理的対応を取る」
中国への事前通報:前夜
他国への事前通報:米国、ロシアに通報

実施後の北朝鮮発表:翌日の『労働新聞』で初めて1面トップで報じた。「共和国の合法的な平和的衛星発射権利を乱暴に侵害した米国の暴虐非道な敵対行為に対処し、国の安全と自主権を守護するための実際的対応措置の一環」という内容。核実験実施を知らせる記事本文の分量は第1回、第2回と大差ないが、その下に「国家の安全と自主権を守護するための正々堂々たる実際的な対応措置」という大見出しを掲げて、「今回の核実験は、わが祖国の強大な国力の誇示であると同時に、どのような制裁や圧力も恐れないというわが軍隊と人民の鉄の胆力と肝っ玉の一大誇示である」などという解説記事を掲載した。

実験のポイント:金正恩体制下で初めての核実験。2012年4月の憲法改正で「核保有国」であることを誇示した金正恩氏は、核実験後の2013年3月の朝鮮労働党中央委員会全員会議で「経済建設と核武力」開発を同時に進めるという「並進路線」を打ち出した。


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