2024年11月22日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年9月22日

 サウジとイラクの関係改善は、中東の戦略地図に影響を与えうる重要な出来事です。

 それは、まずサウジとイランがそれぞれ盟主を持って自ら任じるイスラム教スンニ派とシーア派の対立の緩和につながります。スンニ派とシーア派の対立が、中東の政治の特色の一つと考えられていただけに、その緩和は象徴的な意味で重要です。

 より具体的には、シーア派の政権とスンニ派の住民の対立に悩ませられてきたイラクで、スンニ派住民が後ろ盾を得ることになります。特に注目されるのがスンニ派住民の多いアンバール県です。アンバール県はイラクにおけるシーア派政権とスンニ派住民の対立の象徴的存在であるとともに、戦略的に重要な位置にあります。かつて、当時のペトレイアス司令官のアンバール県に対する米軍増派とスンニ派住民の懐柔がイラク戦争の転機になった経緯があります。論説は、サウジがアンバール県のスンニ派指導者や部族に影響力を持てば、スンニ派住民がシーア派政権に対し、より自信を持って対処でき、妥協しやすくなると言っています。これはアンバール県に限らず、イラン全般についても言えることであり、サウジとイラクの関係改善により、イラク内のシーア派とスンニ派の対立が緩和されれば、対立がイラクの泣き所であっただけに、イラク情勢の安定化に貢献するでしょう。

 サウジとイラクの関係改善は、単に両国関係にとどまらず、イラクと湾岸アラブスンニ派諸国との関係改善につながります。

 既に、サドルがサウジ訪問ののち、アラブ首長国連合に招待され、イラクと湾岸アラブ諸国との関与に合意したほか、その後アラブ4か国の外相がイラクを訪問しています。関係改善がこのような広がりを見せていることは、イラクが関係改善に本気であることを示しています。

 サウジとイラクの関係改善は、中東の戦略地図の重要な要因であるサウジとイランの覇権争いに影響を及ぼします。

 サウジはイランの影響力阻止のためイエメンに武力介入しましたが、苦戦を強いられています。また、カタールの孤立化政策は初期の成果を上げていません。他方イランはイラク、シリアから地中海に至るいわゆる「シーア派の三日月地帯」を作り上げて地域での影響力を増し、サウジとの覇権争いでは優位に立っていました。サウジとイラクとの関係改善はサウジの影響力の増加を意味し、サウジとイランとの力関係の変化を示唆しています。

 イラクがイランの従属国となることを望まず、イランと一定の距離を置こうとするのは当然です。しかし、イラクはイランにとって「シーア派の三日月地帯」のカギを握る国であり、イランがイラクのシーア派を影響下に置いたことは、1982年のヒズボラ創設以来のイランの最大の外交的成果であったといいます。

 イランがイラクにおける影響力の低下を甘受するとは思えません。イランはイラクのサウジや他の湾岸アラブ諸国との関係改善に対し、反撃を試みるでしょう。

 サウジとイラクの関係改善が米国にとって歓迎すべきことは論説の言う通りです。イラクにおけるシーア派とスンニ派の対立が緩和されるだけで、米国のサダム政権打倒以来の課題であるイラクの国家的融合が進めやすくなります。米国はイラクでさんざん苦杯をなめさせられてきましたが、ここにきて一条の希望の光が見えてきたと言うことでしょう。
  
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