中東紛争がマドゥロを外務大臣にする
2006年7月イスラエルは捕虜奪還の名のもとにレバノンに侵攻した。戦車からなる地上軍がレバノン南部に陣取るヒズボラ殲滅しようとしたが、対戦車砲などで思いがけない反撃に遭うとともに、空爆で多くのレバノン市民を殺害し、国際社会からの非難に晒された。
チャべスはこの月に中近東を外遊し、イスラム急進派のマフムード・アフマディーネジャード大統領の イランと手を握り、ヒズボラの工作員にベネズエラのパスポートを提供するなど便宜を与えるようになった。また、イランの核開発のためにアルゼンチンの原発の技術や濃縮ウランの移転を橋渡しすると持ちかけた可能性もある。当時アルゼンチンの大統領は、チャべスと懇意にしていた反米左派のネストル・キルチネルだった。
さらにチャべスはイスラエルを非難し、大使を召還した。その報復としてイスラエルは、8月7日にベネズエラのイスラエル大使を召還した。このまさに同日に外務大臣に任命されたのがマドゥロだった。
マドゥロは1994年にチャべスが出獄した後に、 MVR (第5共和国運動)の政治活動を参加し、その後政治家の道を歩んでいる。けれどもチャべスに群がった多くの左翼系の人間の中のひとりでしかなく、とくに目立つ存在ではなかった。
だから、外交筋にはまったく知られない顔であった。キューバの後押しがあったのは明らかである。またチャべスは過激な左翼思想に染まり、共産革命のためならばなんでもやるマドゥロは重宝する人物と考えたのだろう。
ちなみにチャべスはこの2006年9月の国連総会で「ここに悪魔がいた(ブッシュ大統領のこと)」とパーフォーマンスし、世間の注目を浴びている。反米は素晴らしい政治的ツールである。チャべスは中東ではいまだ人気がある。
2007年外務大臣のマドゥロはシリアダマスカスを訪れ、ヒズボラ議長のハサンナスルッラーフと会い、コカインの密輸、資金洗浄などで支援することを密約しているという(「BUMERAN CHAVEZ」による)。
すなわち、プロの外交官がやりたがらない汚れ仕事を引き受けるには適任だったのである。だから普通2、3年で交代する外務大臣を7年間も勤めることになる。
日経新聞(9月28日)によると、最近はイランと協力してシリアに石油所を建設する計画があるという。もともとベネズエラの石油公社はシリアにオフィスがある。
制憲議会の意味は、共産主義国家の誕生
チャべスも大統領当選後、1999年に制憲議会選挙を実施している(そのときマドゥロは初めて国会議員に選出)。本年7月30日に実施された制憲議会選挙は、まさにその焼き写しである。
両者の目的は既存の国会を消滅させ、野党議員を排除し、独裁ファシズム政権を確立することだ。けれども前回との大きな相違は、チャべスは前もって制憲議会を望むか望まないかの国民投票を実施し、その後制憲議会選挙を実施した。チャべスは人気があり、民主的手続きを踏んで独裁化を推し進めることができた。
ところが、今回、不支持のほうがずっと多いマドゥロは国民投票などできない。国営の大企業では、上司に投票に行かなければ解雇すると脅された人間も多かったし、報道されているように、100万以上の票が水増しされていることだろう。
すなわち、今回設立された制憲議会とは民主主義とはまったく無関係な存在である。今後自由選挙は実施されないし、自由な報道は完全に封じ込められる。野党や反対派は無力感に打ちひしがれ、海外に出るか、地下に潜り散発的なテロに訴えるか、あるいは、80年以上も前にフリードリッヒ・ハイエイクが予言した、全体主義下での隷属した存在になるしかない。
国際的に孤立しているなどと報道されるが、そんなこともあるまい。大国の中国とロシアは必ず支援する。
一方アメリカはマドゥロ個人やそのとりまきへの銀行口座凍結、石油公社の債権購入禁止、政府高官のアメリカ入国禁止などの制裁を行っているが、致命的であろうベネズエラからの原油輸入を止めることはあるまい。アメリカ国内にも影響するし、ベネズエラへの影響力を失ってしまう。ドナルド・トランプはできもしない軍事行動もオプションのひとつだと威嚇したが、それはむしろ敵に塩を送る発言だった。中南米諸国の反発を買っただけではない。
ベネズエラはありもしないヤンキーの軍事介入の恐怖を煽り、街の老若男女に武器を配り、100万人を動員した軍事訓練を行うことができた。素晴らしい成果である。危機を煽る機会を与えてくれる外敵の存在は、独裁維持のための不可欠な養分なのだ。遅まきながら、日本外務省もベネズエラの民主主義の後退を懸念する談話を発表している。
さらに国会を制圧した今となっては、万一デフォルトしても、86年にデフォルトしたキューバがそうであったように、債務免除あるいは一部免除や支払い延期の交渉を行うことで、政権は生き延びよう。
今後は、すでに始まっている小グループによる軍の隆起が散発的に続いた後に反体制派学生グループと結合し、例えば「革命民主軍」(Revolución Democrática)のような地下組織が結成され、1、2年の間は軍と諜報機関による血生臭い都市ゲリラ狩りが続くことになる。
すなわち、チャべスは南米の領主になるという誇大妄想のもとに、石油資源を内外にばらまいて、ベネズエラの懐を空にした。一方マドゥロは、現実から遊離したパラノイアとして、左手に遠い昔に敗北したマルクスレーニン主義、右手に聖者のサイババを掲げる。そして、チャべスの威光とキューバの後援で地位を得、ついにチャべスができなかったキューバ風共産主義国家を成立させた。革命は成就したのである。長い年月を経て、地獄にいるだろうフィデル・カストロやチェ・ゲバラの宿願がついに果たされた。
大統領官邸内のマドゥロの机の上には、サイババの信仰を象徴するハスの花びらから成るサルバダルマのメダルが置かれている。
参考図書
「De Verde a Maduro」Roger Santodomingo
「Bumeran Chavez」 Emili J.Blasco
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