2024年4月19日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2017年10月8日

定員オーバーの車内は環境最悪でも“なごみの空間”

 車内は乗車率130%で満員御礼状態。2人掛けシートに3人座り、通路に置いた荷物の上にも座っている。それでも座れず10人以上が立っている。車内の雰囲気はフレンドリーで乗客たちは譲り合い年寄り、女性、子供に席を優先している。車掌も気を利かせて多少でもスペースができると立っている乗客を誘導する。

 例によって車内にはインドのダンスミュージックが大音量で流れて車窓からは熱風と砂埃が吹き込んでくるがあまり気にならない。おそらく車内空間の心地よさが原因ではないだろうか。1日1便のバスしかない僻地で暮らす貧しい人々にとりバスは唯一の交通手段なのだろう。乗客同士で譲り合い無事に目的地に辿り着くという意識が共有されているから生まれる一体感ではないだろうか。悪路、すし詰めの車内、熱気、砂埃という劣悪な環境と危険な山岳道路という緊張感がもたらす運命共同体なのだ。

 そして車内は完全禁煙が遵守されている。中国やインドネシアではバス移動では“社内禁煙表示”を黙殺して車内喫煙する“非文明人”による“違法行為”に毎度不快な思いをしたことを思い起こした。インドはやはり世界最大の民主主義国家であり文明国家なのだろう。

驚異のローカルバス運転手の超絶技巧

 ドライバーはほとんど表情を動かさず淡々と運転している。対向車とすれ違う際にもチラッとバックミラーに目をやるだけだ。一瞬にして必要な幅寄せを判断して崖際ギリギリにバスを寄せる。気になって窓から首を出して下を覗いたら外側のタイヤの真下にスピティー川の激流が見えて肝を冷やした。

眼下のスピーティー川の濁流

 バスは塗装のペンキは剥げ落ち、左右の側面の鉄板には無数の擦り傷やへこみがあり歴戦を物語っている。一つ操作を間違えば千尋の谷へ真っ逆さまである。現に谷底に転落した車両や散乱した積み荷をしばしば見かけた。

 大型トラックとすれ違う時に道幅が狭く数回トライしたが十分な間隔を確保できなかった。トラックのドライバーが「多少側面がこするかもしれないが構わないか」と聞いたようだ。ドライバーは無表情に頷いた。トラックの荷台の上部が揺れてバスの前の屋根近くに当たってバスに大きな衝撃を受けたがドライバーはチラッとバックミラーに目をやっただけであった。そして何事もなかったように走り始めた。バスの屋根が大きく損傷したであろうと心配したが休憩時間に確認したらペンキが少し剥げた程度であった。

 この山岳道路では頻繁に砂利・小石が落ちてくる。落石注意の標識があるが余りにも頻繁に標識があるのでドライバーはまったく減速しない。ある時ドライバーがほんの僅かハンドルを切った。振り向くと50センチくらいの岩が路上に転がっていた。全く減速せずに落ちてきた岩を間一髪で躱したのだ。

Border Road Organization(国境道路機構)とは何だろう

陸軍工兵部隊の国境道路機構(BRO)が拓いた山岳道路

 BROと道路の標識に必ず書いてある。インドを旅しているとしばしば意味不明の略語に出くわす。バスの座席の隣のおじさんに聞くとBorder Road Organizationという。国境近辺の道路を建設・補修・管理する組織で軍の工兵部隊の技術者が中心になって組織されたらしい。

 主敵の中国・パキスタンとの国境地帯は山岳地帯なので非常時の軍用道路を確保するために工兵部隊を母体とする組織を設けたようだ。

交通標語に思わずニンマリ“座布団三枚!”

 インドでバス移動していると交通標語がやたらに頻繁に掲示されていることに気付く。暇なのでついつい読んでしまう。

陸軍が直接管轄する軍用道路の標識「アナタのゴミが山の神を怒らせる」

“No Hurry, No Worry”:「慌てなければ憂いなし」
“Awake, Avoid Accident”:「眠気を覚まして事故防げ」
“Alert Today, Alive Tomorrow:「今日の注意、明日の命」
“Time is money, Life is more precious”:時は金成、だが命はもっと大切“

「エンジンの馬力で走れ、ラム酒の力を借りないで」という意味であろうか

 このように韻を踏んでいるセンテンスが多い。但しひねりすぎて惜しむらくは意味が掴みにくいのも見かける。

 “Speed Thrills, But kills”:意訳すると「スピード運転はスリルがあるが身を滅ぼす」というところか。

 “Drive, Don’t fly”: 急な下り坂のカーブの手前で「運転しろ、空を飛ぶな」というのは減速を呼びかける標語のようだが意味を考えているうちにカーブに突入してしまう。

 “Safety, Make it Habits”:「安全を習慣にしろ」と解釈すべきか。「継続は力なり」という某有名予備校の古典的標語を思い出してしまった。

 “Better Late than Never”: 「多少遅れても死んで来られないよりもまし」という意味であろうか。

 “Don’t be game on the road of Lama”: 「チベット仏教の道で交通事故の餌食になるな」という警鐘であろうか。

 さらには文法的または語法的に「あれっ?」という標語も散見する。

この標語もひねっている。「天国か地獄かこの世か、それはアナタ次第」

 “Wear Seat Belt”:「シートベルト装着」の意味であろうが飛行機の機内表示や米国の高速道路などでは“Fasten Seat Belt”が一般的であるが。

 なるほど!と思わず納得して笑点の“座布団三枚!”と喝采してしまう標語もある:

 “Drive Slower, Live Longer”:「ゆっくり走れば長生きできる」

 “After Whisky, Driving is Risky”:「ウイスキーを飲んで運転するのは危険」

⇒第11回に続く

  
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