From NY

2017年11月15日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

美術界今世紀最大の発見とされる「サルバトール・ムンディ」

 

 ロックフェラーセンターにあるクリスティーズの前には、専用のラインが作られて守衛が立っていた。列は思ったほどの長さでもなく、待ち時間は20分ほどで中に入ることができた。入ってまず正面に飾ってあるのは、同じ日に競売にかけられるアンディ・ウォーホールの「最後の晩餐」をモチーフにした作品「シクスティ・ラストサパーズ」である。

 そして「サルバトール・ムンディ」は奥の部屋に陳列されていた。痛まないように照明を落として小さなスポットのみを当て、しかし驚いたことにフラッシュさえたかなければ撮影も許可されている。

 クルミ板の上に油彩を使用して描かれたこの絵には、長い髪の中性的な人物が、青いローブを身につけて右手を祝福を与えるように掲げ、左には水晶の丸い球を手の平に載せている。

 専門的なことはよくわからないものの、柔らかなグラデーションのかかった顔の輪郭と陰影の美しくついた手が特徴的で、なるほどダ・ビンチの作品に違いないと思った。

 だが実はこの作品がダ・ビンチの手によるものと認定されたのは、比較的最近のことなのだという。それは、美術界において21世紀の最大の発見と言われている。

多くの謎を秘めたこの絵の歴史

 1500年前後に描かれたと思われるこの作品が初めて歴史に刻まれたのは、英国のチャールズ1世(1600-1649)の時代。フランスから嫁いできたアンリ4世の娘、ヘンリエッタ・マリアの寝室にかけられており、恐らくコレクターだった彼女が欧州本土から英国に持ち込んだのだろうといわれている。その後、息子のチャールズ2世のコレクションに保管されていた。

 次に歴史に登場したのは、1763年。バッキンガム公の庶子、チャールズ・ヒューバート・シェッフィールドによって売却されたと記録がある。

 その後しばらく行方不明となり、1900年にチャールズ・ロビンソンという貴族が、ダ・ビンチの弟子ベルナルディノ・ルイニによる作品として、美術品のコレクターであったフランシス・クック卿に売却。それまでの歴史は忘れ去られ、土台のクルミ板がゆがんで傷んだ絵の髪と顔の部分には、修復を試みた上塗りがされていたという。

 1958年クック家の子孫により競売会社サザビーに持ち込まれ、45ポンドで競り落とされる。その後また50年近く行方不明となり、2005年にアメリカの地方都市の競売で、複数の美術専門家たちが落札したのだという。彼らは丹念にこの作品の修復、身元リサーチをはじめた。

 それから6年かけて、ニューヨーク大学、フローレンス大学、ワシントンDCのナショナルギャラリーなど世界中の専門家が、様々な手法を使ってこの作品を鑑定していった。そしてこれがまぎれもなく、これまで何度か記録に残されていたダ・ビンチ本人の手による「サルバトール・ムンディ」であることを確認したのである。

 2008年にはロンドンのナショナルギャラリーに持ち込まれ、同館が所有する「岩窟の聖母」とほぼ同時期に作成されたものであると結論づけられ、2011年に初めて一般公開された。

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