2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年10月28日

 「成長率が低下しながらのインフレ傾向」とは、経済学的には「スタグフレーション」と呼ばれる現象であるが、どこの国の経済にとっても、このような現象の発生は一番まずい事態なのである。成長率の低下は当然、収入水準の下落や失業の拡大を意味するであるが、収入が減って失業が拡大している中で、「インフレ=物価の上昇」となれば、それは一般庶民にとっての死活問題となるような大きな社会問題となるからである。

 特に中国の場合、ギリギリの線で生活している2億人(温家宝首相が披露した数字)の失業者や、分厚い貧困層が存在している状況下では、本格的なインフレの到来=物価の大幅上昇は、社会的大混乱の発生を意味する悪夢のような事態である。

不動産バブルの崩壊を恐れ
身動きの取れない中国政府

 10月19日、中国人民銀行は3年ぶりの利上げ(利息0.25%アップ)を実行したのも、インフレに対する警戒感からの措置であろう。

 しかしそれでも、中国政府は依然として、本格的なインフレ対策を取らずに様子見をしているところである。インフレの傾向を食い止めるには、政府の取りうる有効な経済政策はすなわち金融引き締め策であることは言うまでもないが、当局は今でも、思い切った金融の引き締めに踏み切っていない。

 政府が躊躇っていることの理由は自ずと分かる。要するに、不動産バブルをどう処理するかの問題である。私のコラムでかねてから報告しているように、去年から、中国政府が史上最大の金融緩和政策をとった結果、未曾有の流動過剰が生じて莫大な投機資金が不動産市場に流れ込んだことから、中国経済史上最大の不動産バブルが膨らんできた。今年に入り、それをどう処理するかが中国政府にとって頭の痛い難題となっている。バブル問題を経験した日本とアメリカの失敗があって、中国政府は自国のバブルがそれ以上に膨張した場合のリスクをよく知っているから、何とかしてそれを押え付けたいのだ。バブルの本格的な崩壊は、彼らにとって避けたい悪夢である。

 しかしもし、中国政府がインフレ対策のために思い切った金融引き締めに転じてしまう場合、その副作用として、不動産バブルの崩壊は直ちに目の前の現実となるのであろう。いわゆる不動産バブルというものは、まさに今継続中の金融緩和によって支えられているものだからである。

それでも「時限爆弾」の針は進んでいく

 そうすると、今の中国政府は実に深いジレンマに陥っている。インフレの傾向が強まってきた中で、彼らは危機感を募らせて何とかしてそれを食い止めたいとは思っているが、そのための金融引き締め策に踏み切ってしまえば、不動産バブル崩壊は確実である。バブルが一旦弾けてしまえば、不良債権の大量発生・経済の冷え込み・成長率のさらなる低下・失業の拡大などの連鎖反応がやってくることは火を見るよりも明かであるが、中国政府にとって、それはまた、社会と政権の安定を根底からひっくり返すほどの危機の到来を意味する。

 しかしだからと言って、インフレ率の上昇を無視して今の金融緩和政策をいつまでも続けるわけにもいかない。いずれかの時点で、インフレの亢進=物価の大幅な上昇が国民の生活を脅かすほど深刻なものとなった場合、中国政府は社会的大混乱の発生を避けるために思い切った金融引き締め策を実行せざるを得なくなる。そしてその時こそ、常に崩壊の危機にさらされている中国の不動産バブルはまさに音を立てて弾けてしまうであろう。中国経済はいよいよ、重大な局面を迎えようとしているのである。
 

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜

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