イノベーションの汎用性を保つ意義も
事業仕分け以来、基礎研究を行う集団・組織は、相次いで声明を出した。「過度な効率主義・成果主義に傾いた評価が、わが国の将来に大きな禍根を残す結果につながりかねない」(理化学研究所)【http://www.riken.go.jp/r-world/topics/091120/】。「着実に『知』を蓄積し続けることが、『科学技術創造立国』にとって不可欠なのである」(ノーベル賞・フィールズ賞受賞者5名)といった具合だ【http://www.s.u-tokyo.ac.jp/info.html?id=2009】。
これらの声明からは、「基礎研究はただ知的好奇心を満たすだけではない」という意味合いも見てとれる。基礎研究の重要性を議論するとき、「知的好奇心を満たす」とは別に「イノベーションにおける汎用性を保つ」という意義が説明されることがある。特定のものに狙いを定めた知識ではないからこそ、かえって基礎研究で得られる新しい知識は、広い分野への応用が可能になる、といったものだ。普遍性のない研究成果ばかりになると、逆に研究開発の効率性は悪くなるという論もある。
具体的で目に見えやすい成果は上げにくいながらも、イノベーションの汎用性には有効な基礎研究。その担い手たちの活動が重要となる。
産業界における企業は基礎研究の担い手の一つだ。企業は存続するために「もの」や「サービス」の形にして利益を上げなければできない。その段階を河口とすると、源流にあるのが基礎研究だ。産業構造の変化により、源流の部分も自社の研究所が引き受ける「中央研究所の時代」は終焉を迎えたといわれる。一方で、文部科学省の『科学技術指標』を元にした計算では、1975年から2005年の30年間、日本の産業の研究開発費の中で基礎研究が占める比率は5〜6%を行き来しており、あまり変わらない。
大学に押し寄せる「選択と集中」
基礎研究のより大きな担い手が大学だ。日本の大学の研究開発費のうち基礎研究の比率は常時5割以上を占めてきた。
大きな時代変化の波にも晒され続けている。1990年代後半から、産業界からの求めがあり、基礎研究の成果を「産学連携」の中で産業側に提供する役割をもつようになった。2004年には国立大学が法人化。日常の教育研究に当てられる国からの予算「運営費交付金」が毎年1%ずつ削られるとともに、予算獲得のための競争原理が導入された。
研究予算の「選択と集中」の色合いも高まった。世界最高の研究教育拠点づくりを目指して2002年から始まった文科省の「21世紀COEプログラム」や、それを受け継ぐ2007年度からの「グローバルCOEプログラム」また、2009年から始まった内閣府の「最先端研究開発支援プログラム」では、少数の採択先に多額の予算が当てられている。
こうした中、対象を基礎研究に特化した大規模予算が現れた。「世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI)だ。2007年から文科省が始めた肝いりの予算プログラムで、「基礎研究機能を格段に高め、国際競争力を強化していく必要」から設けられた。1拠点に対して年間14億円ほどの支援があり、期間は10〜15年と長い。大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFRec)や、東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)など、大学の基礎研究拠点を中心にこれまで6拠点を採択。今年度は、九州大学のカーボンニュートラルエネルギー国際研究所(I2CNER)が唯一採択された。米イリノイ大学の教授を拠点長に招き入れ、研究者の人件費の一部を年度毎の研究成果に対する評価で配分するなど、人事や給与体系の変革を試みる。