2024年4月26日(金)

韓国の「読み方」

2018年1月15日

日韓合意の根幹を傷つけた文大統領の発言

 文在寅大統領は新年記者会見の冒頭発言で、日韓合意について「両国間での公式の合意である事実は否定できない」と指摘しつつ、「間違った結び目はほどかねばならない」と述べた。その後に続くのは感情に訴えかけるような修辞ばかりで具体性はなく、「すべての過程で(元慰安婦の)おばあさんたちの声を聞き、さらに聞いていく」という言葉が目立つ程度だった。

 日本の新聞には「『花盛りの少女一人も守ってあげられなかった』。記者会見の冒頭、文氏はこう切りだし(略)」(日本経済新聞1月11日朝刊)などと書いたところもある。いかにも慰安婦問題に力点を置いていたように読めるが、ネット中継を見ていた私の感想はまったく違った。冒頭発言は内政や経済といった国内情勢が延々と続き、読み始めから20分ほど経ってから南北問題、慰安婦問題などを最後に取り上げたからだ。内容のあいまいさもあって意気込みを感じられるようなものではなかった。

 文氏が踏み込んでしまったのが、質疑応答である。合意に基づいて日本政府が拠出した10億円の扱いについて聞かれ、「おばあさんたちは韓日間の合意に基づいて日本がくれたおカネで治癒措置(財団による現金支給を指す)が行われているという事実を受け入れられないという。そこでわが国政府は、おばあさんたちに対する治癒措置は韓国政府のおカネでしていく。すでに行われた治癒措置も我々のおカネで代替していく」と答えたのだ。

 合意時点で生存していた元慰安婦47人のうち7割超の34人が既に、財団からの現金支給を受けている。元慰安婦が「日本のカネは受け取れないと言っている」と言い切るのは、それこそ「当事者の声」を無視したことになる。

 さらに問題なのは、既に支給されたおカネも韓国政府の拠出金に置き換える考えを示したことだ。

 これは日韓合意の根幹を揺るがす危険な措置だ。日本政府はそれまで、法的には1965年の日韓請求権協定によって解決済みという立場から慰安婦問題については「道義的責任」という言葉を使ってきた。だから1990年代に設立されたアジア女性基金が元慰安婦に支給した「つぐない金」は募金でまかなうという形が取られた。これに対して韓国では「日本政府の責任逃れ」という反発が強く、事業はうまく進まなかった。

 こうした経緯を受けて日韓合意では、日本政府が「責任」を認め、政府予算からの資金拠出を行った。韓国政府も、「法的責任」を求めてきた姿勢を転換した。

 実は韓国政府内でも外務省などは、この点を理解している。だから会見前日に康京和外相が発表した際には、10億円についてはあいまいな表現が使われていた。韓国内では「10億円と引き換えに日本大使館前の少女像撤去を約束した」というイメージができているため素通りはできないが、10億円の持つ意味を考えて実務者は悩んでいたのだ。

 大統領の発言はそうした苦悩を一挙に葬り去った。日韓合意の検証報告書は、朴槿恵政権の青瓦台(大統領府)が外務省の意見に耳を傾けずに独走したと批判したが、現政権がやっていることも何ら変わらないのである。


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