この話を聞くと、逃がした大魚を悔しがる、北京方面の顔が目に浮かぶ。
カルマパ17世に謁見 彼は日本好きだった
カルマパ17世への謁見は突然許された。
限られたインタビュー時間。無駄なく聞くために用意していた質問のリストを手に、僧院に着くと、ひじょうに厳重な荷物チェックとボディチェックを受け謁見の間に進んだ。
「あなたは最後です。ほかの方が終わるまでお待ちください」
といわれ、待つこととなった。やがて30分が過ぎ、私の順番がきた。
部屋へ入ると、タンカ(仏画)の前に若い大柄な僧が立っていた。カルマパ17世の周りには数人の年かさの僧と、年配の俗服の男性が「脇を固める」という風情で控えていた。
張り詰めた空気を感じたが、まずは謁見が叶ったことの御礼を申し述べ、そのまま質問に入った。
「日本に興味をおもちだと伺いましたが、本当でしょうか?」
こう聞くと、17世は心の底からの笑みと思える表情を浮かべた。
「えぇ、本当ですよ。今、日本語を勉強しています。いつか、必ず日本へ行ってみたいと思っています」
6カ国語を学んでいるカルマパ17世が、日本語をとくに意欲的に勉強しているという話は聞いていた。そして彼が、日本という国について、さまざまなことを知りたがっているとも聞いた。「ニンテンドー」から、「広島・長崎」に至るまで、ご関心は実に多岐にわたるとも。
しかし、実際に対面したカルマパ17世の印象を語ることは、ひじょうにむずかしい。
彼は、一見すれば24歳(当時)の青年僧だが、話しているうちに何やら、とても成熟した大人と話をしているような気がしてくる。
難解な言葉を使うでもなく、老成したことをいうわけではなく、私の質問に真剣な表情で耳を傾け、側近に英語の語彙を確認しつつ、一語一語ていねいに答える。その姿自体はけっして老練の風情でなく、むしろ修行僧の謙虚さそのものだが、不思議に落ち着いた感じをこちらにもたらしてくれる。
今、私が会話しているのは24歳の若き僧か、それとも老僧なのか。ふと、転生ラマとはこういう存在なのだろうか。そんなことが頭を駆け巡る。
聞くべきか否か逡巡していたある質問を、思い切ってぶつけてみた。