「政治的な質問を差し上げるのは失礼かと思いますが……」と切り出すと、カルマパ17世は微笑んでいった。
「少しなら構いませんよ。どうぞ、おっしゃってみてください」。 しかし、側近は私にきつい視線を向けた。
中国との関係はどうなっているのか?
昨今、世界のチベット・サポーターの間には、ある噂がある。
亡命の身ですでに70代となったダライ・ラマ14世法王が、チベットの伝統を破り、自身で後継指名をするのではないか。その最有力候補はカルマパ17世ではないか、という噂である。もちろんダライ・ラマ14世は、「私はまだまだ元気だから、後継者の話をするなど時期尚早」と、この噂を一蹴している。
しかし、噂は中国政府の耳にも当然届いていて、中国はこれを非常に気にかけ、そうなることを嫌がっているとも伝えられている。
あえて、後継者云々とはいわず、「あなたが、チベットの指導者として影響力をもつことを中国政府が気にかけているようですが……」と尋ねた。カルマパ17世の答えはこうだ。
「チベットの歴史上、カルマパという存在が政治的な権力を握ったことはありません。しかも、私はまだまだ修行の身。そんなことを考えてもいませんよ」
少し間があって、答えは続いた。
「中国政府が気にすることは何もないはずですよ。私は、中国の言葉を話せますし、中国についてよく知ってもいます。そのことは、チベットと中国双方にとってよいことだと思いますが」
仰せのとおりである。ただし、それは先方が同じ次元でものを考える相手であれば、の話だ。側近の視線はますますきつかったが、もう一歩踏み込んだ。
「あなたが中国のことをよくご存知だからこそ、彼らはあなたを怖れているのではないでしょうか?」
カルマパ17世は笑った。「そんなことはないでしょう。中国のほうも私をよく知っていますから。私は、ただの僧侶ですし」
とくにこの瞬間、私は本当に、24歳の若者と会話しているのか? と思わされた。謁見の終わりに、カルマパ17世は突然、日本語でこういった。
「よくおいでくださいました。ありがとうございます」