課題は上半身の動きか
この躍動感あふれるフォームを狂わしたのは、大リーグの傾斜が強い、硬いマウンドだ。日本の柔らかいマウンドでは自由に動いた下半身、膝、足首が思うように動かせず、相当苦労した。ステップ幅を狭くするなど大リーグのマウンドに適応してきた。その辺は、この「科学で斬るスポーツ」の初回(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2822)で紹介した。
こうした適応の過程で、無理がたたったのか、下半身の故障が相次ぎ、やがて上半身の肘、肩などにも影響を与えた。結果的に怪物がなりをひそめることにつながってしまった。2015年のシーズンに福岡ソフトバンクスホークスに移籍したが、上半身と下半身のバランスが悪く、肩の治療などもあり、あの西武時代の躍動感は消えていた。大リーグ時代に身についたくせと、日本のマウンドへの適応に苦しんでいたようだった。
ところが今年になって、重心が低く、足の踏み込みが強くなって、下半身が使えるようになり、時折、西武時代を彷彿させる躍動感が見られるようになった。日本のマウンドに慣れてきたといえる。この下半身の膝、足首の回転軸を生かし、どこまで投げられるかが今年の松坂の注目点である。
ただ、それでも懸念は大きい。一つは、肩の不安。バイオメカニクスに詳しい筑波大の川村卓准教授は「下半身は使えるが、上半身はあわてたような投げ方になっている。肩甲骨と上腕骨の連動がうまくなく、コントロールに安定感を欠く。先発で、勝利投手になるには5回、100球近くを投げなくてはいけない。球数が増えた時に、コントロールが付けられるか、そこが課題」と指摘する。
もう一つは中日のチーム事情。チームは開幕3連敗するなど戦力的に見て、6球団の中でいい方ではない。負けが込んだ時に、不安定な松坂に登板機会があるのか疑問視する声もある。
松坂の肩の調子は本人しかわからない。百戦錬磨の大投手であり、自分に何が足りないかよくわかっているだろう。大きな筋肉だけでなく、小さな筋肉であるインナーマッスルも鍛えているはずだ。
石橋さんは、「足首の回転軸のリミッターを外して、腕を強く振ることは可能だろう。しかし、その分、減速期に肩に負担がかかる。それは両刃の剣だ。肩と肘を手術して完全復活を果たしたプロ野球選手はいない。あせることはない。慎重にリミッターを外し、ステップアップして欲しい。そうすれば怪物をまた見られるかもしれない」と期待する。
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