2024年7月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年5月24日

 上記議論の趣旨には賛成だが、ロゴフはここでものごとの一面しか論じていない。AIとロボットが工業生産の多くを担う時代には、「低賃金で西側製品を組み立て輸出する」これまでの中国のモデルは有効性を失う。他方、輸入をまかなうだけの輸出を確保した上で、国内生産を内需で消費していくようにすれば、人口の大きい国は確実に大きくなっていく。加えてAIとロボットで生産原価が劇的に下がって行けば、製造業がGDPに占める比率は農業並みに落ちていくかもしれない。その場合、モノをプラットフォームとして利用するサービスで、はるかに大きな付加価値が生み出されていくのだが、そうなれば人口の大きな中国はここでも絶対優位を持ってくる。アリババやタクシー配車アプリ「滴滴」の巨大化は、それを実証するものである。

 しかし、今の段階では中国経済が米国経済を凌ぐのは容易でない。中国は1990年代前半、外資を優遇する措置をとってその急増を実現し、2000年代には外国直接投資の純増と外資系企業の稼ぐ貿易黒字を原動力に年間4000億ドルを超える資本の流入を得た。それを不動産、インフラ建設投資に回して何倍にも膨らませ、それによって爆成長を演出してきたのである。しかし外資優遇措置の撤廃、賃金水準の上昇等により、右成長モデルには賞味期限が訪れており、本年2月には貿易も赤字に転換している。そして中国はこれまで、その貿易黒字の半分(2016年で49.0%)は米国から得ているので、今回のトランプの脅しも相当効いているはずである。中国は強気の発言を続けているが、米国に報復措置を取れば、大豆価格の値上がり等、自分で自分の首を絞めることになる。

 そして米国の底力は、世界の貿易、金融でドルが最も普及していることにある。多くの場合、国際的な決済は米国の銀行を経由している。中国の元は交換性を欠いている。中国は一方では元に「高い国際的地位」を求めながら、実際には国内の金融政策の手綱を放したくないために、資本自由化を行っていない。

 中国経済の大宗は国有企業によって担われている。中国の国有企業はかつてのソ連の国有企業と異なり、外国の資本、技術を活用、かつ市場経済の中で動いている。それでも国有企業は非効率、かつ無責任で、例えば上部のお声がかりで海外のプロジェクトをコスト無視、赤字覚悟で奪ったとしても、途中で平気で放り出す。さらに4月10日付人民日報は「国有企業は『独立王国』にあらず」という論説を掲げ、企業長が国有企業を私物化して、自分のATMででもあるかのように振る舞うこと、そして人事を壟断して閥を形成することを批判し、これに対する闘争を宣言している。

 以上の状況では、米中貿易紛争での主導権は米国が握るだろう。米国は中国の貿易黒字に加え、米国企業が中国に製品を輸出、あるいは中国国内で組み立てる場合、中国の当局がその製造技術の開示を強いてくることを問題視しているが、例えば知的財産の保護を強化することを条件にTPPへの米国の参加を実現し、次いで中国の参加を呼びかければ、日本、米国、中国のすべてにプラスとなるだろう。


  
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