トマト栽培普及にかける地方公務員
4月6日。カトマンズ市内は連日薄曇りや小雨続き。ヒマラヤ山脈を望見するためカトマンズからローカルバスを乗り継いで数時間、デュリケルという尾根沿いに赤い屋根瓦の街並みが広がっている古都に到着。
街路を歩いているとJICAより農業指導員として派遣されたDさんに遭遇。Dさんは20代後半であろうか。日本で某県の農業指導員をしている農業のプロである。Dさんのミッションはトマト栽培の普及である。
現実にはインドからキロ40ルピー(≒36円)で大量に入ってくるので安定的に大量生産できないと経済的に成立しない。経済的に成り立たなければ当然ながらトマト栽培は定着しない。
JICAの任期は基本的に2年であるが、2年で結果を出すのは不可能という。Dさんは既に任期延長も視野に入れている様子。ネパール北部では先達日本人の十数年による苦闘によりリンゴ栽培が普及。地方の産業として確立したという輝かしい成功事例があるという。いつかネパールで地元産のトマトが市場に並ぶ日が来ることを祈念した。
謎の快男児Z氏
4月24日。今回のインド・ネパール旅行の最後の夜、コルカタのゲストハウスでZ氏と偶然再会。前年8月にデリーのゲストハウスでZ氏と数日間一緒になり、語り合ったことがあった。
Z氏は生まれながらにして恵まれた環境と天賦の才を生かして人生を歩んでいる。Z氏は当時50歳、身長185センチ超の偉丈夫であり、俳優の阿部寛をさらに逞しくしたような風貌である。無精髭を無造作に生やしているが、オジサンからみても魅力的である。
間近に相対して会話していると映画俳優にインタビューしているような雰囲気になる。実際に彼はプロデューサーから懇願されてインド映画に出演した経験があるよし。
落ち着いたバリトンの声で語る言葉に抗いがたい説得力があり、Z氏の世界にひきこまれてしまう。Z氏は実業家の名家の出身。一流企業の第一線で活躍していたが40歳の時にリタイヤ。その後世界を放浪して過去数年はインドで暮らしている。
Z氏は資本家の立場から冷徹にインドを見ている。インドのゲストハウスに出資したのは中流階級が急増するなかで観光産業の将来を見据えたものだ。
さらにインド庶民の足として都市部で無数に走っているオートリキショー(オート三輪の後ろ座席を広くしたタクシー)のガソリンエンジンを画期的に改良する技術を普及させる事業を手掛けている。環境問題と庶民の足の確保という観点から取り組んでいた。
⇒第10回に続く
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