幕末の若きサムライが見た中国

2018年6月16日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「攘夷の無意味さ」を実感したのかもしれない

 念願の操練の見学を果たした翌日、思いがけずに帰国の沙汰が下る。天津やら寧波など外国に向って次々に開かれる港に立ち寄ってから帰国という当初の計画は反故になり、上海から真っ直ぐに帰国となった。そこで「有志ノ士皆失望ニ堪ヘス長太息ヲナスモノアリ」。「長太息ヲナスモノ」の中には、高杉や五代も含まれていたのだろう。だが、命令が下った以上は従わざるを得ない。そこで名倉は帰国も詮ないことと諦め、上海で知遇を得た友人への別れの挨拶に出掛けるのだが、幕府役人から注意――帰国後に「支那ヨリ書翰」が送られてきて、それが長崎やら横浜で幕府当局者に察知された場合、思いがけずに「大ナル禍」が出来するかも知れない。だから「支那人ノ内ニ如何ナル知己ノ出来スルトモ以後書翰ノ往来」は「嚴ニ戒ムヘシ」――が下された。そこで名倉は将来の不測の事態に備え、友情の印にと揮毫を贈ってくれた友人に次のような文章を残した。

 ――ご厚誼に対し、お礼の申し述べようもございません。御恵贈賜りました揮毫は帰国後に表装して室内に掛け、朝な夕なに眺めながら「一日三秋之情」を慰めたく思います。一旦お別れした後は最早再会の機会は期し難く恨みは増すことでしょう・・・。そして最後を、「弊邦有禁不許通信問干異域又不許受域外之信也犯禁之罪受禍不測是特以為憾頗大兄為國自愛以身報国片言不尽意頭与涙共垂六月念三日本辱交名倉敦再拝(我国では、書信にて外国の事情を尋ね、また外国からの書信を受け取ることは禁じられております。禁制に背いた場合に思いも掛けない罪過を受けることになるかもしれません。誠に遺憾に存じます。大兄におかれては御国のため自愛に努め、身をもって報国の道を歩まれんことを切に望みます。拙い文章で意は尽くせませんが、首を垂れ別離の涙を流します。六月二十三日 ご厚情に深謝しつつ 名倉敦再拝」と結んだ――

 いつの時代でも役人は“前例と法令”に生きているということだろう。江戸の役人も同じだ。名倉を戒めた役人にしても職業上の責務であり、我が身を守るためだ。だから、それはそれで致し方ないこと。だが、それにしても当時、上海で日本人と清国人との間で、かくも深い付き合いがみられたとは。まさに奇跡の一瞬だったようにも思える。

 名倉は残り少ない上海を惜しむかのように川辺に立つ。「黄江ヲ一望ス晩涼風景最佳ナリ」。だが、悠長に日を送っているわけにはいかない。帰国準備である。「支那物産緒品ヲ官船ニ搬送吾輩之ヲ監ス」。「官船」である千歳丸にどんな品物が積み込まれたのか。同行した商人の松田屋半吉の書き残した『唐國渡海日記』によれば、石膏、氷砂糖、上白糖、水銀、大黄、甘草などが上海で購入されている。

 じつは長崎出発時は「支那有名ノ五港ヲハ巡暦」と謳っていたものの、結局は「上海ノミニテ回帆」で終わってしまった。この処置を名倉は「遺憾ナリ」と呟いているが、幕府の方針は最初から上海寄港のみでの帰国にあったようにも思える。

 帰国待ちのある小雨の日、「舟中同志ノ諸士ハ首ヲ聚ム」というから、四方山話にでも興じたのだろう。そこで名倉は今回の上海滞在で有益だったのは清国軍の軍営を見学したことだけだ。常に敵と対峙している形で進められる彼らの訓練は、日本では決して見ることができない。やはり清国軍のように実戦を想定した訓練が必要だと語るが、必ずしも全員が諸手を挙げて賛意を表したわけでもなさそうだ。

 それにしても長き太平に我を忘れた日本の侍が口角泡を飛ばして談じる紙の上の兵法ではなく、実戦で鍛えられた清国の戦いぶりに強く感心するが、名倉は西欧世界を知らない攘夷の無意味さを、はたして上海の地で実感したのだろうか。実戦知らずの兵法では、実戦で鍛えられ最新兵器を備えた西欧諸国軍には勝てない、と。やがて明治維新の偉業に向け尊皇攘夷から尊皇開国へ。日本は、まさにコペルニクス的大転を遂げる。

 7月6日に抜錨した千歳丸は揚子江を出て外洋へ。6日後の12日には「遥ニ五島ヲ看ル」。そして14日には長崎に帰港している。

 上海では自由な「徘徊」が可能だったことから、名倉は「支那ノ形勢事情十分ノ一」を探索できたことは「実ニ吾輩ノ幸」であったと総括する。だが、敢えてリスクを取ろうとしない「小成ニ安ンスルノ輩」が多く、「支那有名ノ諸港」を探索するという当初の計画が取り止めになったのは残念至極と綴って『海外日録』の筆を擱いた。やはり名倉に「支那ノ形勢事情十分ノ」九を探索させてやりたかったとも思う。

  
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