2024年4月18日(木)

栖来ひかりが綴る「日本人に伝えたい台湾のリアル」

2018年6月18日

「貧しさゆえに仕方なく働かされている」は勝手な思い込み

 外国人お手伝いさんを、家族同然に大切にする家庭は少なくない。働きぶりがよく能力のあるお手伝いさんは引く手あまたなので、出ていかれると困るという事情もある。相性の良いお手伝いさんにめぐり合うのは大変なことで、15人以上とっかえひっかえして、結局は雇う事自体を諦めてしまった台湾人マダムもいる。

 実際、筆者も事情があってお手伝いさんと暮らした事があるが、1人目は2週間でふらりと居なくなり、2人目・3人目も一か月ずつで辞めて、別の職場へ行ってしまった。筆者としては、思いやりをもって応対したつもりだけにショックだったが、当初自分が彼女たちに対して抱いていた「貧しさゆえに故郷の夫や子と引き離され、仕方なく働かされている」ようなイメージが、じつは他者への尊重をはき違えた勝手な思い込みに過ぎず、そうした同情や憐みは逆に失礼だと思い知らされた。

 我が家に来た2人目のインドネシア人女性は、国に夫と小さな子供がいたが、台湾にもインドネシア人の彼氏がいて、毎晩9時頃に仕事を終えた後はベランダで小一時間ほど電話で彼氏と喋るのを日課にしていた。また毎週末の休日には、インドネシアの人々が集まる郊外のダンスホールへ出かけていった。

 大抵、どの女性もお洒落に関心を持っていて、露天で流行の洋服を買うのを楽しんでいた。日々アイロンがけしたり、高齢者の車いすを押しながらハンズフリーの携帯電話で仲間と喋り、色んな情報交換をしながらより良い労働環境を手にしていく彼女たち。物心がついたら何となく結婚して早く子供を産むのが一般的な封建的な田舎で育った女性達にとって、台湾に来て働くことは、自由の獲得であり一つの自己実現の形でもあるのだろう。

日曜日の台北駅には台北近郊から多くの外国人労働者の人々が集まり、思い思いの休日を楽しむ(写真:筆者提供) 

「一緒に良い社会を作っていく」という意識が大事

 台湾にも、制度上の改善の余地はまだまだある。現在の問題は、現場で培われたノウハウが帰国や職場の移動によって引き継がれず、場当たり的になってしまっていることだ。また今後は中国など他所の給与水準が上がることで台湾離れが進み、新たな人手不足が起きる事も考えられる。そういう意味でこれから、多くの人材受け入れを予定している日本も、どうすれば彼女たちにとって日本が「魅力的な働き場所」となるかを考えることは不可欠だろう。

 今や自らの意志で色んな選択ができる彼女たちが、もっと高いレベルで自己実現できるような環境、例えば経験やノウハウの蓄積によって給与が上がったり、キャリアを積んで資格を取得することで家族も一緒に暮らせるような滞在ビザが発給されるなど、来日して働くモチベーションが上がるシステムを整えていく必要がある。そうすることで、仕事上起こりうるトラブルを未然に防ぐことも期待できるし、優れた人材が残っていくことで結果的に日本人社会にとってプラスに繋がっていくとおもう。こうしたことは、家事・介護に携わる人材に限らない。

 一世を風靡するような漫画のキャラクターとは、時代の要求の投影でもある。高度経済成長期に求められた原子力政策のなか「鉄腕アトム」が生まれ、平和憲法のもと武力が必要とされる矛盾の中で「ウルトラマン」「巨大ロボット」といった正義の味方が誕生した。現代において「猫村さん」が多くの日本人を魅了するのは、家事・介護労働を担う人材について、日本社会が待ったなしの切実さを抱えている反映だと思えてならない。

 かといって、日本人の気質を考えても、すぐさま外国人の「お手伝いさん」に馴染むのは難しいと思われる。幸いお隣の台湾には、そうした外国人労働者問題に関しての経験やノウハウ、社会研究の蓄積がある。そうした台湾の先例に学んで日本に合った制度設計を進めていくと共に、外国人労働者を「働かせる」のではなく、その力を借りて一緒により良い社会を作っていくのだという意識を、日本人はもっと理解していく必要があるように思う。

栖来ひかり(台湾在住ライター)
京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。日本の各媒体に台湾事情を寄稿している。著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし』(2017年、玉山社)、『山口,西京都的古城之美』(2018年、幸福文化)がある。 個人ブログ:『台北歳時記~taipei story』

  
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