――男の子と女の子を比べると、よく女の子のほうがことばの発達が早いと言われますが、実際にはどうなのでしょうか?
広瀬:女の子は得てしてこういうものだという思い込みや、育て方という要因の影響と、純粋に生物学的な性差の問題を厳密に切り離すことは難しいといわれてきました。しかし最近の研究では、こうした男女の違いについて遺伝子レベルでの一定の裏付けも報告されています。
ただし、言語の発達は直のコミュニケーションを通して進むもので、よく話す相手とは言語使用の量や時間も多くなります。なので、男女の遺伝子における差だけというよりは、そうした環境との相互作用の役割で性差が増幅される部分も大きいと思います。
実際に自分が男の子を育て、保育園のクラスで同じ年の女の子とも接し、という経験から得られた実感としては、女の子の言語コミュニケーションのあまりにも高度なことに圧倒され、同じ生物とは思えないと確かに思ったものです。ただ、同じクラスの男の子と自分の息子の間にもだいぶ差がありますので、個人差による部分も大きいことも同時に実感しました。でも母語の獲得が早い子も遅い子も、言葉で表現することが得意な子も苦手な子も、やがては、母語の文法規則の獲得には皆かならず成功するので、むしろそちらのほうが興味深い事実だと思います。
――広瀬先生は、今年のはじめまでハワイ大学へサバティカル(研究休暇)に行っていましたね。お子さんも現地の小学校へ通ったとのことですが8カ月間でお子さんは英語を話せるようになりましたか?
広瀬:本人は話せるようになったと思っているらしいのが微笑ましいです。もちろん実際には語彙はもちろん、構文や語形変化、いずれもまだまだ習得途上で、むしろそれがあるべき姿。
英語をできるだけネイティブに近い状態まで身につけて欲しかったとは最初から願っても期待をしてもいませんでしたが、日本語とは異なる体系の言語があって、それを使って、自分が日本でやっていたのと同じようにみんながコミュニケーションしていることを目の当たりにしてそこに身を置いてみてほしかった、そして、自分もそこに参加しようと思えばできることなんだという実感を持ってほしかったという願いは大きかったです。滞在当初は、日英バイリンガルの子どもたちとしか遊んでいなかったようですが、帰国することには日本語を話さない子どもたちとも楽しく遊んでいたようなのでこれは達成できたかなと。
加えて、言語学者として欲を言えば、外国語習得における過剰一般化(上述)を観察できればうれしいと思っていました。なので、息子が”I’m tolding you!” (”I told you”と”I’m telling you”が混ざっている模様・「言ってるだろ!」の意?)と悪態をついてきたときは実に感動しました。たぶん正しい形で言うのを聞くよりうれしかったはず。あと”killeded”(過去形が重なっている)というのもありましたね。こうした例から、単なる模倣でなく、文法知識の構築が始まっていることが実感できました。
さらにまたまた贅沢をいうと(言語学者は欲張り)、日本語と異なる言葉に触れてみて、言葉という体系を(日本語も含めて)客観的にみる姿勢を養って欲しかった。これが達成できていることを実感したのは、「theって何?」(日本語にない概念だから自分のなかで説明がついていなかったもの)と聞いてきたり、またさらにすごいと思ったのが日本語に改めて目を向けて「日本語ではどうして『が』とかつけるの?」と聞いてきたこと。英語ではそれにあたるものがないという事に気づき、じゃあ日本語の「が」って何だ?と改めて考えたのですね。また、日本語と英語では音の使い方が違う(strike→sutoraikuというように日本語ではもとの英語の発音からしたら余分な母音が入っている)、という趣旨のことを自分の言葉で指摘してきたときも同様です。
――8カ月間でお子さんになるべく英語を話せるようになってほしかったという気持ちは?
広瀬:もちろんありましたが、それは8カ月で達成できるものではそもそもありませんし、むしろオマケです。上に書いたような成果だけで丸儲けです。
――本書を読むと、子育て中の人たちは子どものことばを観察する楽しみがあるんだなと思いました。
広瀬:子育て中の方が、子どものことばを観察することはこんなに楽しいのか、と気づいたとおっしゃってくださったときは、ものすごくうれしいです。Twitter 「#ちいさい言語学者の冒険」でのネタ持ち寄りも賑わうようになりました。また、これをきっかけに言葉のことをもっと知りたいと思って本格的な言語学の入門書や専門書を買いました、と発信されている方をたまにお見かけすると「ああ、この本書いてグッジョブ! 私!」と思います。
また、日本語教育・外国語教育をやっているという方からの反響があり、学生と一緒に謎解きをしていますと言って下さるのにもやりがいを感じます。
そして小中学校の国語の先生にもぜひ読んでいただければうれしいなと思っています。単に正解があるものとしてことばを覚えるだけでなく、ことばの働きなどことばへの気付きを、子どもたちへ促していただければ嬉しいですね。そういうプロジェクトを学校教育現場の先生方と一緒に考えてみたいと願っています。
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