「英語の授業が文法ばかりだったから、英語が話せない」という愚痴を多々耳にするなど、日本の英語教育は度々批判にさらされてきた。それを受けてか、90年代以降はコミュニケーションが重視され、近頃では早期教育が過熱し小さい頃から英語教室へ通う子どもたちや小学校での英語の教科化などが話題となり、英語教育は変化の真っ只中にある。
そこで、異文化コミュニケーション論が専門で、『英語だけの外国語教育は失敗する―複言語主義のすすめ』(ひつじ書房)の著者代表である鳥飼玖美子立教大学名誉教授に、最近頻繁に英語教育で耳にする「CAN-DO」リストと複言語主義、学習指導要領や英語教育政策の問題点について話を聞いた。
――最近の中学、高校の英語教科書は、文法をあまり教えず、コミュニケーション重視のため、会話が主体のつくりになっているとも聞きます。また、私が中高生だった90年代には聞いたことのない「CAN-DO」リストが流行っていると。これはどんなものなのでしょうか?
鳥飼:数年前から文部科学省は「CAN-DO」という言葉を、中高における英語教育の到達目標を表す言葉として使い始めました。到達目標の指標を探していたところに、この言葉を見つけ、採用したんだと思います。ただし、本来の意味とは違うので、私は書籍や講演などいろいろな場で再考を促しましたが、誤った使い方のまま広がってしまいました。
――本来の意味は?
鳥飼:CAN-DOという言葉は、欧州評議会が提唱する複言語主義を具体化する評価の尺度であるCEFR(外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)で使われている言葉で、正確にはCAN-DOではなくCan Doと表記します。
日本ではEUといえば、単一通貨であるユーロをはじめ経済・金融面ばかりが注目されがちですが、EUは言語や文化に関しては多様性を重視しています。
――それはEU圏内において、多言語主義を重視しているということでしょうか?
鳥飼:そうです。多言語主義とは、多くの言語が共存している状態を指します。それぞれの人にとって母語は非常に重要で、母語を使うことは人間の基本的人権です。また多言語主義では、言語は話す人数が多いから価値がある、少ないから価値がない、という価値観もありません。
このEUの考え方、「多様な言語や文化の維持」をさらに進めたのが、欧州評議会の複言語主義です。これは同評議会の造語ですから、一般の方には馴染みがないかもしれませんね。
複言語主義とは、ひとりのヨーロッパ市民が母語以外に、少なくとも2言語を学びましょうということ。複言語・複文化主義とも言われますが、言語学習を通し相互の文化も理解しましょう、ということです。ここで重要なのは、母語以外の言語に関して、外国語とは限らず、どのような言語を学んでも良いとしていることです。たとえば、スペインならば公用語であるスペイン語の他に、バルセロナがあるカタルーニャ地方のカタルーニャ語など、国内の少数言語を学ぶことも積極的に推奨しています。