――ミニマム・リクワイメントしか決められていないのなら、欧州のようにメーカーや市場が守られることを規格に期待するのは難しいし、消費者優位のトレンドが強まってしまいます。
中尾教授 たとえば、電気式便座で居眠りしてしまい、低温やけどをしてしまうという事故がありますよね。日本でも多く報告されている事故です。
通常、これは製品起因のものでなく、誤使用です。つまり、「便器で寝てしまったのだから、利用者のミスである」という判断です。しかしながら日本のメーカーはマジメで、「そんなことでお客様に事故が起きるようではいけない」と考え、座るとスイッチが切れる便座を開発したりと、次々に改良を重ねていく。つまり、日本製品の質は、メーカーやエンジニアの善良な意識によって守られている。
このことは、消費者にとっては良いことです。メーカーのほうが消費者の要望にどんどん先回りをしてくれて、いい商品をつくってくれているわけですから。
もっとも、今まではミニマム・リクワイメントでもよかったんです。なぜならメーカーの製品に対して、周囲のクライテリア(判定条件)がミニマム程度と低かった。誤使用が起きたら、消費者も政府もマスコミも、きちんと「そんな使い方をするほうが悪い」と判断してくれたわけです。しかし2000年あたりから、状況は大きく変わりました。ちょうど失敗学という言葉が生まれた頃です。バブル後の不況が長引き、社員も早期退職し、会社の中で事故情報を秘密にすることができなくなりました。隠したというだけで、マスコミから総攻撃を受けるようになりました。
その結果、どんどん消費者のクライテリアが上っていってリコールが“うなぎ昇り”に増えていきました。2004年に三菱自動車のリコール隠しがあってその攻撃が頂点になったことは事実です。こうして、国民やマスコミが過敏なほど安全・安心を求めるようになりました。
しかし、日本のように、常に消費者のクレームを恐れて先回りしていたのでは、そのうち限りがなくなってメーカーも疲弊してしまいます。欧州のやり方はその限りを決めるのに等しく、結果的にメーカーを守ることになっているのです。
――クライテリアが高くなると、メーカー側もものづくりの仕方を変えていかざるを得ません。
中尾教授 自動車メーカーのエンジニアにとって、少し前までは「15年間15万キロ走らせる」というのが設計上の目安でした。消費者のほうも、新車を買ったら「10年乗って10万キロ走れば十分かな」と考えていた。「15年15万キロ」は、その認識にプラスアルファして安全率を高めた結果です。ところがいまは不況で新車を買いかえませんよね。だから廃車を調べると、平均で14年間くらいは乗っている。つまり、エンジニアが想定している年数よりも、多い年数で乗っている人もいるというわけです。しかし、だからといってメーカーが消費者に対して「うちの車は15年設計ですから、それ以上はあまり乗らないでください」とはいえない雰囲気です。だから国産品が、10数年の長期使用の後に、経年劣化でリコールを起こす例が増えてしまう。
しかし、製品は必ず経年劣化するものです。車の部品のうち、ワイパーのようにゴムや樹脂でできているものは壊れやすいというのは、ものづくりに携わる人間ならだれでも知っています。車のリコールのうち、約半分がゴム、樹脂部分の劣化によるものだといわれるほどです。しかし消費者に合わせてものづくりをしていれば、そもそもゴムや樹脂を使わないようになりますよね。そうすると、金属やセラミクスを使うので重く高くなります。