(3)政軍関係
中間層の成熟度と国民統合の度合いは、政軍関係と深くかかわっている。「大規模デモ」の圧力を受けた際の政権の反応も、各国の政権と軍の関係、軍と社会の関係を含めた広い意味での政軍関係の成り立ちによって、異なってくる。チュニジアやエジプトで、政権の打倒が秩序の崩壊や内戦に結び付かず、暫定的な受け皿に政権が受け渡されたのは、軍が統制を保ち、国民に銃を向けることを避けたからである。しかしアラブの多くの国では、軍は政権の軍であり、リビアのカダフィ政権のように、精鋭部隊は最高指導者とその家族の私兵であることも少なくない。湾岸産油国のように、元来が征服王朝の場合は、軍が元来外国よりも国民に銃を向けているという性質が色濃い。シリアのアサド政権のように、アラウィー派〔イスラーム教シーア派の一派とされるが、キリスト教的な要素も含んだ、イスラーム世界の中で周辺的な宗派〕の宗派の紐帯による結束で軍を掌握して権力を固定化していた経緯から、元来が国民軍だったはずの軍が政権軍と化した場合もある。
これらの国では、「大規模デモ」に際しても軍が一体となって現政権と距離をおくとは考えにくく、シリアのように国民に当然のように銃を向けることになる。ただしシリアでも、リビアのように軍内部からの非主流派の部隊の反乱や分裂が生じてくる可能性はある。その際は一時的には内戦や紛争の危機がある。
(4)米国などとの対外関係
ムバーラク政権と軍の米国との密接な関係は、政権崩壊過程で、混乱を誘発しながらの暴発的崩壊を避けるための安全弁として働いた。リビアやシリアなどの反米政権についてはこのような米国による手綱の引き締めは期待できない。リビアやシリアのような反米政権は、国民に大々的に武力行使をしてでも生き延びようとする可能性が高い。その意味で、リビアに対して仏・英の主導で米国も適宜参加し、名目的にアラブ首長国連邦やカタールも関与して軍事制裁に踏み切った意義は大きい。介入がなければ、カダフィ政権は反政府抗議行動に対して虐殺を行い、銃を突きつけて市民に政権支持の声を上げるよう強要し、国際社会に政権の再承認を求めていっただろう。国民に軍事力を行使すれば政権が生き延びられるという先例を作れば、アラブ世界の民主化の流れは途絶えていた可能性が高い。
ここで独自の立場を示しているのが湾岸協力会議(GCC)〔中東の湾岸地域における地域協力機構。サウジアラビア、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、アラブ首長国連邦の6ヵ国から成る〕で結束を固める湾岸産油国だ。サウジアラビアを筆頭に、リビアやシリアに対しては反政府勢力を後押しし、国際的な制裁の動きにも賛同しながら、イランとの対決姿勢を強めることで、国内の反政府勢力に対する弾圧への米国の支黙認を取り付けようとしている。現時点では米国がこれを容認していることで、辛うじて政権の安定を維持している。ただしリビ アやシリアの状況が沈静化した時、そして湾岸産油国で国内の反政府勢力が押さえられなくなり、石油の安定供給に不安が生じた時には米国の対応も変わってく るだろう。
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