安保激変

2018年7月18日

»著者プロフィール
著者
閉じる

村野 将 (むらの・まさし)

ハドソン研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。岡崎研究所研究員などを経て現職。日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program,米国務省International Visitor LeadershipProgram(National Security Policy Process)招聘。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

シナリオ(3)在韓米軍の再編・縮小によるトリップワイヤ機能解除

 第三は、朝鮮戦争の終結や戦時作戦統制権の返還を受け、在韓米軍の役割・任務・能力の再編が行なわれるシナリオである。

 在韓米軍の再編と言っても様々な方式が考えられるが、いずれの場合でも注目すべきは、ソウル以北に駐留する在韓米軍の主力部隊、第二歩兵師団隷下の第210野戦砲兵旅団と1個機甲旅団戦闘団の扱いだろう。元々、これらの米地上戦闘部隊は、2003−4年に行なわれた在韓米軍再編協議において、龍山にあった在韓米軍の司令部機能とともに、ソウル以南の平沢に移転されることが決まっていた。こうした決定を行ったのは、地上戦能力については韓国軍の主体性を高めると同時に、朝鮮半島有事に専従してきた米地上戦力の足枷を外して、グローバルな不測事態に応じて域外に機動展開させるための「戦略的柔軟性」を高める狙いがあったからである。

 ところが、2010年の「天安」沈没事件や延坪島砲撃事件等をきっかけに、北朝鮮が軍事境界線を挟んだ内陸でも同様の限定攻撃を企図した場合の抑止・対処能力を向上させる必要性が高まったため、米韓両国は2014年の定例安保協議において戦時作戦統制権返還の無期限延期とともに当初の再編・移転計画を修正し、ソウル以北にこれらの部隊を残留させた。特に第210野戦砲兵旅団は、多連装ロケットシステム(MLRS)や戦術地対地ミサイル(ATACMS)からなる3個大隊を擁し、北朝鮮がソウル周辺に攻撃を行った場合に韓国軍の弾道ミサイルなどと合わせて、即座に策源地への反撃を行う可能性の高い部隊である。同部隊には平壌を直接攻撃する能力はないが、ソウル以北に駐留を続けることで、首都圏への攻撃が米軍の介入・来援のトリガーとなることを北朝鮮に明示して抑止力を高めると同時に、韓国に対しては米国の防衛コミットメントを保証する重要な役割を担っている。

 現在でも、米軍の対北打撃力の主力は、在日米軍基地の戦術航空機、グアム・米本土から飛来する戦略爆撃機、洋上に展開する空母艦載機や艦艇の巡航ミサイル、究極的には米本土の長距離弾道ミサイルなどで、わずか3万人弱の在韓米軍が持つ戦闘能力は限定的である。つまり、ソウル以北の米地上戦力に求められているのは、純軍事的な戦闘能力ではなく、38度線を挟んで米地上部隊を巻き込んだ砲撃の応酬が行なわれる構造を維持する「トリップワイヤ(仕掛け線)」としての役割である。したがって、在韓米軍の規模が変わらなかったとしても、ソウル以北から米地上部隊が後退・撤収すれば、北朝鮮による限定攻撃事態における米軍の介入意思を弱めたと認識される恐れがある。

 現在の南北間の通常戦力を比較すると、北朝鮮が倍近い規模の地上戦力を有するものの、航空戦力を含めた各種兵器の性能は韓国が優越している。そのため、在韓米軍の直接的支援がなかったとしても、朝鮮戦争初期のように韓国軍が釜山まで追い込まれるようなことはないように思える。しかしそれはあくまで通常戦力のみでの計算である。北朝鮮の大量破壊兵器と弾道ミサイル戦力は、通常戦力の劣勢を補うために開発されたものである以上、その役割は北朝鮮の総合的なエスカレーションラダーの中に組み込まれており、通常戦力の役割とは切り離せないものとして捉えるべきであろう。

関連記事

新着記事

»もっと見る