2024年4月20日(土)

日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2018年7月13日

李登輝が「暴れん坊将軍」を愛してやまない理由

 台北市内での講演の翌々日、日本からの表敬訪問があった。李登輝が「私はね、毎日テレビで『暴れん坊将軍』を見ているんだ」と話すと、一同は笑いながらもビックリする。「暴れん坊将軍」といえば、日本人なら誰もが耳にしたことのある時代劇ドラマだが、まさか台湾の元総統が毎日ほぼかかさず夫婦で見ているなどと思いもよらないだろう。余談だが、「暴れん坊将軍」は台湾のケーブルテレビが中国語の字幕付きで一日に3回放送している。

 なぜ李登輝が「暴れん坊将軍」を引き合いに出すかと言えば、これが李登輝の考えるリーダー像に合致しているからだ。「暴れん坊将軍」は、将軍吉宗が浪人に扮して町へ出て悪者を懲らしめたり、汚職を暴くというストーリーが主だ。もちろんドラマであることは承知の上だが、李登輝が好きなのは、この吉宗の「心がけ」だという。

 つまり、将軍という指導者の立場にありながら、庶民の生活のなかへ飛び込み、庶民の暮らしがどうなっているか、困っていることはないかと、実に細やかに社会を観察している。それこそが指導者のあるべき姿なんだ、と話す。

2018年6月、沖縄にて(写真:筆者提供)

 李登輝はもともと農業経済の分野で台湾を代表する学者だっただけに、若い頃から現場を見ることをモットーとしている。あるいは、李登輝が小さい頃に感じたという社会の不公平と、江戸の封建時代を重ねているのかもしれない。

 毎年末になると、地主だった李登輝の家に小作人が鶏や米を抱えてやって来て「来年も畑を耕させてください」と頼みに来る。そうした光景を見た李登輝は、子供心に「なぜ同じ人間なのに不公平なのだろう」と世の中の不条理を感じ取っていたのだ。

 こうした経験がのちに、農業経済を研究して農民の生活を向上させたいと思うきっかけになったし、総統になっても国民の生活を第一に考えることの原点になった。

 指導者というものは常に庶民のことを気にかけ、今の社会がどうなっているかを知らなければ国を引っ張っていけやしない、というのが李登輝の考えだ。その点からいくと将軍吉宗の行いは、李登輝が考える指導者としての理想像になるのだ。

 時代劇は勧善懲悪がはっきりした物語だが、正義感の人一倍強い李登輝の好みにも合っているのだろう。聞いたことはないが、もしかしたら、幕府の重臣の汚職を暴き「成敗」していく吉宗の姿を、総統として国民党の特権政治を是正していった自分に重ねているのかもしれない。


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