2024年11月24日(日)

対談

2018年8月2日

富永:なるほど……私はもうちょっと軽くとらえてしまっていて、初期はデモなど可視化されやすいものが盛り上がり、その後もう少し見えにくい、原発労働者支援や復興支援に細分化していくから、結果として声の大きい人たちだけが目立って批判されてしまっているのかと思っていましたが、もっと明確に、原発事故後の問題をきっかけに社会運動全般を嫌う層が生まれてしまっている、ということですか。

五十嵐:ネット上で福島を応援しようという人には、左派嫌い、運動嫌いがやはり目立つ気はしますね。それは事故直後の「葬式デモ」のようなエクストリームな表現や、健康影響に関してのデマとされるものがいまだに発信され続けていることが大きな原因であることは間違いないのですが。そうしたネット上の論調では、「自民が圧勝するのも、左派がいまだにデマに親和的で福島県民が受けている差別に冷たいからだ」と見る向きも少なくありませんが、富永さんはそういう風には見てないですよね。

富永:そうですね。そもそも日本人は運動があまり好きではない、運動に不寛容な国だということはあると思います。

 山本英弘さん(山形大学地域教育文化学部准教授)という方が社会運動への忌避感や寛容性の国際比較をされているのですが、日本人はデモや座り込みといった表出的な運動に厳しく、請願や陳情といった活動にはかなり寛容とされています。社会運動に対するよくある声として見られる、「批判するなら対案出せよ」みたいな声はまさにそうした意識を分かりやすく表現したものですよね。

 もう一つ、日本の人々は、社会運動が自分たちの声を代表しているとは考えていない。「逸脱した人々のやっている行動」とまでは言わないまでも、どちらかといえば一種の圧力団体のように捉えている。これは実感としてもあって、最近は必ずしもリベラルに限らない市民向けのセミナーや中高生向けの講演などもするのですが、「社会運動って、とりあえず何かに批判したい人がやっているだけに見える」といった質問をされることはよくあります。

 五十嵐さんのおっしゃるような福島とそれをめぐる状況、さらに今まで議論したことを踏まえた上で考えると、ネット上で福島を応援しようという人々は、「自分たちと異なる利害構造を持つ人々が脱原発運動をやっている」という前提に立っているのではないでしょうか。その上で、健康リスクの問題とメディア・政権批判をともに扱った3・11以降の脱原発運動の姿勢に対して、「健康リスクという福島の課題を、政権批判、メディア批判といった自分たちの利害に引きつけて、政治的に利用するな」という感覚を強く持っている。

 本来、批判と対案は別個のものであって、従来の政策において批判すべき点を押さえなければ対案も出せないわけだから、批判だけの社会運動だって十分に意義がある。しかしそうした運動の機能自体に不寛容な状況では、脱原発運動もまた「問題の実態も知らないで、独自の利害を持っている人が勝手に声を上げ、自分のいいように情報を振り撒いている」と見なされてしまうというのがあるのかなと思います。

 結果として脱原発運動への不信が、運動そのものの代弁機能に関する不信感、になってしまったということでしょうか。ぼんやりとした「左翼」全般が嫌いということですよね。

五十嵐:素朴に考えて、自分の主張を通すために、誰かの不幸が大きくなるのを喜ぶ人生は、最悪ですよね。多分、福島や福島を応援しようという人たちの一部からは、脱原発運動のある部分がそのようなものに見えてしまった。でも逆側から見れば、福島応援が運動嫌い・左翼嫌いの受け皿のように見えているのかもしれない。その結果、いまだに福島を語ることがなにがしか政治的な負荷を帯びがちになるのは不幸なことです。原発事故に端を発した対立がこんな風にこじれたことによる損失は、日本社会にとって小さくないと思っています。そのこじれを少しでも減らすために何ができるか、『原発事故と「食」』にもその思いが強くありますが、考え続けていきたいですね。
 

五十嵐泰正(いがらし・やすまさ)
1974年千葉県柏市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。筑波大学大学院人文社会系准教授。専門は都市社会学・国際移動論。今も暮らす柏市で、音楽や手づくり市などのイベントを行う団体「ストリート・ブレイカーズ」の代表として、実践的にまちづくりに関わっている。編著書に『みんなで決めた「安心」のかたち』亜紀書房、『常磐線中心主義』河出書房新社など。
富永京子(とみなが・きょうこ)
1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授、シノドス国際社会動向研究所理事。専攻は社会運動論・国際社会学。北海道大学経済学部卒。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年より現職。著書に『社会運動のサブカルチャー化 G8サミット抗議行動の経験分析』せりか書房。

  
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