――アメリカは人種というものに対してとても敏感なのでしょうか?
川嶋:アメリカの歴史は人種・移民の歴史です。差別から平等へと動いてきましたが、まだマーティン・ルーサー・キングの「私には夢がある」のスピーチが描いた社会は実現していません。
私はジェンダー研究を専門としてきたので、女性をめぐる社会問題には敏感ですが、日常生活では人種をより意識することが多いです。
「多様性の大切さ」は、社会的価値として定着したと思いますが、例えば、スタンフォード大学のキャンパスを見ると、やはりブラック学生、アジア系、白人系というようにグループを作って歩いていることが多い。アジア系は非常に増えています。といっても、中国系、インド系が圧倒的に多くて、日本人留学生はここ20年ほど縮小しています。
シリコンバレーの企業は移民労働力なしでは成り立たないし、リベラル(進歩的)な地域ですから、特に技術系の移民受け入れには積極的です。差別の面では、マイノリティや移民に対するあからさまな差別は少なくなったと思いますが、微妙な、より見えにくい形の差別は続いていると思います。アジア系は重要な技術系労働力ですが、トップには少ない。ただし、インド系は活躍しています。
トランプが大統領に就任して以降、彼自身がポリティカル・インコレクトネスを公然と発言するようになり、それに刺激されて一部の地域では、白人至上主義者、反移民ナショナリストの活動が活発化し、一般市民の間にも差別発言が増えてきたように感じます。
――トランプ大統領になり、昨年移民の受け入れを制限したことに対し、シリコンバレーを中心とするIT企業が反対の声をあげたことがありましたね。それくらい移民が重要ということですね。性別に関しては、たとえばシリコンバレーの雇用に関しては、どう影響しているのでしょうか?
川嶋:女性グループが、シリコンバレーでも技術職に女性が少ないと指摘し、大手IT企業に労働者構成の公表を要求しました。Facebook社などが回答しましたが、やはり技術職や経営陣に女性が少ないことがわかり、各企業はできるだけマイノリティや女性の割合を増やす努力をすると明言。現在では、女性やマイノリティ向けのプログラミングを学ぶコースが増え、企業も支援しています。シリコンバレーでは昨今、技術系のマイノリティ女性は引く手数多です。
――そうしたマイノリティや女性の割合を高め、極力人種や性別の構成を公平にしようというのは、アファーマティブ・アクションの影響が強いのでしょうか?
川嶋:最近はアファーマティブ・アクションという表現に代わって、「多様性の価値化」という表現を使うことが多いです。そのように変わってきた背景には、平等とは何か、平等を達成するにはどのような方法が最適か、どのように正当化するかというようなとても重要な問題があります。
1960~70年代にかけて女性運動や公民権運動で、アメリカ社会の価値観は根底から変わりました。1964年公民権法が差別を禁止して平等を保障しましたが、ジョンソン大統領は差別の禁止だけでは平等は達成できないとして、65年と67年にアファーマティブ・アクション(以下AA、積極的是正措置)の実施を要求する大統領令を出しました。つまり、過去における差別のため黒人や女性の雇用が少ないという結果があるならば、それを是正する努力をして平等を達成しようとするものです。
差別行為が現にあったかどうかを問題にしません。そこが、公民権法の「差別禁止による平等達成」の考え方と異なります。
70年代は平等を支持する進歩的社会潮流だったので、マイノリティや女性に対する雇用の割当制や優先策等の強いAAが実施されました。しかし、70年代後半になると、白人男性側は「自分は差別をしていないのに、どうして不利益を受けないといけないのか」と逆差別訴訟を起こします。70年代後半の保守潮流の高まりにのって81年にレーガンが大統領に就任しましたが、強いAAによる平等化策への反対論が高まりました。レーガンは判事に保守派を任命し法廷は保守化し、マイノリティ優先のAAに対する違憲判決が増え、AAは非常に制限されていきます。
マイノリティへの加点や人種別採用枠等を採用する大学の入試政策は多くの訴訟の対象となり、違憲とされました。AA反対派が起こした一連の訴訟を通して、「多様性がもたらす教育的利益」のために、人種を複数の配慮要素の一つとして使用することは正当化されるが、「黒人だから」というように人種そのものを使ったAAは違憲となったのです。