「地上の楽園」とも称されるインド洋の島嶼国モルディブで9月23日、大統領選挙が実施され、親インド派の野党統一候補イブラヒム・ソリ氏が、現職で親中派のアブドラ・ヤミーン大統領を破り当選した。得票率は、ソリ候補:約58%、ヤミーン候補:約42%、投票率は約89%であった。
モルディブでは今年2月にヤミーン大統領が、前任者のナシード元大統領ら反体制派を弾圧する事態となっていた。2月初め、モルディブ最高裁がナシード元大統領らに対する汚職、テロなどでの有罪判決を無効としたのに対し、ヤミーン氏はこれを拒否、非常事態宣言を発したのである。そういった経緯もあり、この秋の大統領選挙が予定通り実施されるか懸念されていたのであるが、大きな混乱もなく政権交代に至った。
モルディブは小国ではあるが、地政学的には重要な国である。すなわち、モルディブは歴史的にインドの影響の強い国であったが、中国が推進する一帯一路構想の要衝でもあり、インドを包囲するいわゆる「真珠の首飾り」の重要な要素である。インド洋における中印対立の最前線に位置しているといって過言ではない。中国は、ナシード前政権の転覆後に発足したヤミーン政権への接近を強めた。2014年に習近平はモルディブを訪問し、一帯一路構想への支持を取り付けた。中国はモルディブの港湾をはじめとするインフラ整備に投資し、昨年12月には両国はFTAを締結している。インド等はヤミーン氏を批判し、中国は一帯一路を支持する同氏を擁護してきた。2月の政治危機も、そして、今回の大統領選も「中印代理戦争」の側面があったと言えよう。
今回の大統領選挙でヤミーン氏が敗北した一つの大きな原因は、中国による「債務の罠」への懸念である。IMFの2017年の報告書によれば、中国による近年のモルディブの公共事業への多額の投資により、モルディブの対GDP債務比率は、2014~16年の間に11.5%増えた。対外債務は2021年にはGDP比51%にまで上昇する見込みで、モルディブの政府歳入は約10億ドルであるのに対して、債務利子支払い額は、今後4年で毎年9200万ドルに上ることになる見込みだという。2月の政治危機の際、ナシード元大統領は、中国による3つのプロジェクトに対する借款が、モルディブの国家債務の80%近くに達する、と警告していた。スリランカで、中国の借款により建設されたハンバントタ港が、債務不履行回避のため中国側に99年間リースされるという事態になったのは記憶に新しい。こうした中国による「債務の罠」への警戒が、ソリ氏の勝利につながった。
最近、他の途上国の間でも、中国による「債務の罠」への懸念が高まっている。中国による融資漬けの実態を明らかにし、問題提起していくことで、中国の経済攻勢を弱め得る可能性があろう。モルディブでは民主主義が機能したことを大いに評価すべきであろう。今回、透明性のある民主主義も中国の影響力増大に対抗するのに有効であることが、改めて示されたのではないだろうか。
モルディブの次期政権は、対中依存を減らすと公約している。「自由で開かれたインド太平洋」戦略を掲げる日本としては、インドや欧米とともに、モルディブに対し、しっかり手を差し伸べて行く必要がある。
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