2022年8月13日(土)

この熱き人々

2018年11月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 思いのやりとりを双方納得の幸せな形にするため施主ととことん話す。どんな食べ物が好きなのか、どんな旅をしてきたのか、何に興味を持っているのか。そしてその人が気づかない先のことを考える。壁は簡単に取り換えることはできないし、自分の手を離れた先の長い時を施主とともに生きていくのである。

 「その上で提案します。お互いが納得し合えることが大切で、それが長く愛され残っていくことだと思っています」

 時には何十枚ものサンプルを作る。そのためには手間もヒマもかかる。そこから施主の思いを確認し、また悩み、一歩譲って新しい提案をする根気も必要になる。でもその時間はすべて壁に塗り込められて残るもので、造った人の思い、日々それを眺める人の思いがあるからこそ長い命を持ちうるのだという。

土壁のサンプル

 以前、ある記事で職人に大事なのは「気が利くこと」「気配りができること」と久住が話していたのを思い出した。印象に残ったのは、職人、とりわけ優れた職人ほど、頑固で唯我独尊的でむしろ周囲のほうが気配りをするというイメージがあったからだ。

 「20代の頃、茶室の壁を手掛けたのですが、この時、職人もたくさん美しいものに接して美意識を磨いてないとこの壁は塗れないのではと感じました。コンマ何ミリで美しい美しくないが変わってしまう。職人としての技術が高いだけでなく、感覚が研ぎ澄まされていないといけないと思いました。現場には左官だけでなく大工、表具師、畳職人などいろいろな専門職が入っています。でもそれぞれ自分が主役になろうとするのではなく、最高の技術を持ちながら一歩引いて、全体で最も美しくなるための仕事をする。そのことをみんなが理解している。僕の中で、それが職人の仕事のあり方の最高峰だと感じたんです」

 20代で、本当に優れた職人とはどうあるべきかを感じ取っていたということになる。

父の特訓で技術を磨く

 久住は、弱冠20歳で難関とされる京都御所の外壁の修復メンバーに指名され、名人級のベテランと一緒に現場に入っている。初めて鏝を握ったのは3歳の時。20歳の時に、技術的にはすでにその力量を評価されていたということだ。

 久住の父は、「淡路島に久住あり」と言われ、カリスマ左官としてその名を広く全国に知られている久住章(あきら)。祖父もまた左官という、左官の家に生まれている。

 「父が買ってくれたものは鏝だけです。小学校に入ると、毎日、畳1畳分の壁に土を塗って表面を撫でてきれいに仕上げるまでご飯も食べられない。自分でうまく塗れたと思っても、決して誉められないんです。『アカンな』のひと言。かなりイヤになりますよね」

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