安保激変

2018年10月24日

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村野 将 (むらの・まさし)

米ハドソン研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。岡崎研究所研究員などを経て2019年より現職。日本国際問題研究所研究委員等を兼任。専門は日米の防衛政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策。

条約違反対象に含めるか議論になった
ミサイルシステムの存在

 第一に重要な点は、INF条約を米露両国が遵守しているかどうかという制度上の問題と、条約が禁止している射程500〜5500kmの地上発射型ミサイルが両国および周辺国に与える戦略的・戦術的影響は分けて考える必要があるということだ。

 2014年以来、米政府が条約違反対象と指摘しているのは、「SSC-8」と呼ばれる地上発射型巡航ミサイル(GLCM)であることは前回述べた。技術的に見て、このミサイルの射程が2000kmを超えることはほぼ確実であり、地上での飛翔試験や実戦配備も確認されているから、状況証拠からして条約違反であることは疑いの余地がない。

 しかし2014年の時点で、条約違反対象に含めるか議論になったミサイルシステムがこれ以外に2つ存在する。1つは、「イスカンデルM」と呼ばれる移動式の短距離弾道ミサイル(SRBM)である。イスカンデルMは、潜在的に500km以上の射程延伸が可能と見られるが、500kmを超える距離での飛翔試験などを確認できていない等の理由で、条約違反対象にはカテゴライズされていない。とはいえ、イスカンデルMは核搭載可能な即応性の高い戦術弾道ミサイルであり、既にカリーニングラードにも一個旅団が配備されている。

 これはポーランドの首都ワルシャワや、陸上部隊をバルト諸国に向け増派する際の要衝である「スヴァウキ回廊(*カリーニングラードとベラルーシを隔てるポーランド=リトアニア国境地帯)」などを即座に打撃しうる距離にある。このことから、米国やNATO、東欧諸国は、イスカンデルMが条約違反対象でないとしても非常に厄介な戦術核ミサイルとして警戒しており、それが2月の「核態勢見直し(NPR2018)」で決定された潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)=「トライデントD5」への低出力核弾頭の搭載や、ポーランドにおけるミサイル防衛の強化などに繋がっているのである。

 米国内で条約違反対象に認定するか議論になったもう1つのミサイルが、「RS-26」と呼ばれる開発中の移動式ICBMである。RS-26は2012年5月の飛翔試験こそ5800kmの距離で行われたものの、同年10月以降の飛翔試験はすべて2000km前後で行われている。元々米国は、ソ連がINF条約をなし崩しにするとすれば、重い弾頭を搭載するなどしてICBMを短射程で運用する可能性があることを警戒していた。2015年11月には、RS-26が条約違反対象ではないことを証明するため、米当局による査察が計画されていたものの、翌年査察はキャンセルされてしまった。このためRS-26が実質的なINFである疑いは拭えないが、米側も同ミサイルが実戦配備段階にないことを踏まえて、違反対象として正式にカテゴライズすることを躊躇したのではないかと思われる。

 このことから、特定の兵器システムが条約違反に該当するか否かの問題とは別に、INF水準に近いロシアのミサイルシステムが、欧州・アジア地域にもたらす軍事的な影響を考える必要がある。以下では実戦配備されていないRS-26は脇に置き、SSC-8とイスカンデルMがもたらす影響についても検討対象とする。

日本の安全保障に与える直接的な脅威は限定的か

 第二の論点は、条約違反の疑いのあるロシアのINFが極東に配備された場合に、それが日本の安全保障にどのような影響を与えるかである。これは80年代のINF条約交渉の過程で、日本側がSS-20が極東正面にスイングされて配備される危険性を主張したことを想起させるが、冷戦時代の教訓は今日の安全保障を考える上でどの程度有効だろうか。

 まずはSSC-8による日本への影響であるが、現在のところ、SSC-8が日本を射程に入れる軍事拠点に配備されているかはよくわかっていない。SSC-8の射程を2000kmと仮定し、それがウラジオストクに程近いウスリースクに配備された場合を想定すると、宮古島や与那国島などの一部を除けば日本のほぼ全域が射程に収まる。当然、秋田県と山口県を配備候補地としている日本のイージス・アショアや、三沢、横須賀、岩国、嘉手納といった米軍の重要拠点もその射程に含まれる。だがここで留意しておくべきなのは、ロシアは「AS-15(Kh-55)」と呼ばれる射程3000km近い、核・非核両用の空中発射型巡航ミサイル(ALCM)を搭載可能なTu-95爆撃機を、以前から東部軍管区の航空基地に配備しているということだ(*更に言えば、オホーツク海にはSLBMを搭載した戦略ミサイル原潜が潜んでいると見られる)。

 加えて冷戦期と異なるのは、ロシアによる対日軍事攻撃の蓋然性である。SS-20の極東へのスイング可能性が懸念されていた80年代は、ソ連による大規模着上陸侵攻への対処が日本の防衛政策上の最重要課題となっており、ソ連の核戦力はそうした通常戦力のエスカレーション・ラダーの延長線上に位置付けられる現実の脅威と見なされていた。しかし、北方領土問題を抱えながらも、現在の日本政府がロシアを冷戦期のような切迫した軍事的脅威と認識しているとは考えられない。これは2013年の「国家安全保障戦略」の中で、ロシアに関する記述がわずか一箇所、それも日露協力の文脈でしか言及されていないことからも明らかである。もちろん、ロシアが2014年以降にクリミアやシリアで軍事作戦を行ったり、他国への妨害工作や政治干渉を行っていることは問題視されてしかるべきだが、それを日本の防衛政策上の主要な脅威とみなすべきかは別問題であろう。

 これらを総合すると、仮にSSC-8が日本を射程に収める地域に配備されたとしても、それはイージス・アショア配備に対する政治的ハラスメント以上の意味を持たず、日本の安全保障に与える直接的な脅威は限定的であろう。これは射程が短いイスカンデルMの場合も同様である。もっとも、これらのミサイルが北方領土、例えば択捉島などに機動展開してくる場合には、その政治的意図について別途考える必要があるだろう。

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