安保激変

2018年10月24日

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村野 将 (むらの・まさし)

米ハドソン研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。岡崎研究所研究員などを経て2019年より現職。日本国際問題研究所研究委員等を兼任。専門は日米の防衛政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策。

中国の脅威認識と戦力配備態勢への影響は?

 第三の論点は、ロシアのINFが極東正面に配備された場合に、それらが中国の脅威認識と戦力配備態勢にいかなる影響を与えるかという問題である。米国の安全保障コミュニティの一部には、ロシアのINF条約違反を意図的に放置することで、それが中国の戦略計算に影響を与え、トータルな戦略バランスにおいて米国・同盟国側に有利に働くとの見方が存在する。つまり、ロシアのINFが中露国境に近いザバイカルやビロビジャン付近に増強されてくれば、中国もそれらを意識せざるをえず、中距離ミサイルや防空システムをロシア対処に振り向ける必要が出てくるため、その分、西太平洋正面=日米に向けられるミサイル戦力を相対的に分散させることができるという、ある種の対中コスト賦課戦略として利用できると捉えているのである。

 しかしながら、こうした中露分断策が上手くいくかどうかは未知数である。そもそも、中国のミサイル旅団の大半は、中露国境から900〜1300km近く離れた中朝国境付近や山西省、河北省など黄海沿岸から内陸部に配備されており、イスカンデルMでこれらを攻撃することは不可能である。射程の長いSSC-8であれば、一部のミサイル旅団を射程に収めることはできるものの、飛翔速度の遅い巡航ミサイルは中国の移動式ミサイルを即座に攻撃するには不向きであり、通常弾頭であればその破壊力も限られている。したがって、中露国境付近からロシアが中国のミサイル旅団を本気で牽制しようと思えば、SSC-8に核弾頭を搭載して運用するしかない。しかしその場合、中国はミサイル戦力の残存性とSSC-8に対する迅速なカウンターフォース能力(=敵ミサイルに対する直接的な攻撃能力)を向上させるため、DF-21やDF-26等の中距離核ミサイルを増産し、配備を強化する可能性が出てくる。

 これは中露を核軍拡競争という消耗戦に陥れる策と言えないこともないが、増産された中国の中距離ミサイルは、情勢変化次第で西太平洋正面にスイングされてくる可能性も否定できない。そうしたリスクを考慮すれば、日米側が大量の中距離ミサイルに対処するコストを支払わされ、結果的に逆効果になる恐れもある(*このように互いが軍拡競争の誘因に駆られている状況を専門用語で「軍備管理における安定(arms race stability)」の低下と言う)。

 これらを踏まえると、中国に対して不用意に中距離ミサイルを増産させるインセンティブを与えるのは必ずしも得策とは言い切れないため、ロシアのINFを対中牽制に利用しようという発想には慎重であるべきだろう。

条約破棄から中距離ミサイル開発・配備までに
どれだけの時間がかかるか

 第四の論点は、米露以外の国が保有するINF水準の地上発射型ミサイルをどのように位置づけるかである。INF問題が交渉されていた80年代と異なり、現在はミサイル技術の拡散が進み、多くの国がこの種のミサイルを保有している。特に日本周辺で影響があるのは、中国のDF-15系列(600〜850km)、DF-16(700km)、DF-21系列(1500〜1750km)、DF-26(3000km)、CJ-10(1000〜2000km:*巡航ミサイル)、北朝鮮のスカッドC(500km)、スカッドER(1000km)、ノドン(1300km)、北極星2(2000km)、そして韓国の玄武2系列(500〜800km)、玄武3系列(500〜1000km:*巡航ミサイル)などだ。

 2000年代の一時期にINF条約の多角化論が提起されたように、米国が新たにINFを開発・配備することで、それを条約拡大のレバレッジとして使うことができれば、INF条約の破棄は、21世紀版の「二重決定」を狙ったものと言えなくもない。しかし現実問題として、他国が米国の中距離ミサイル配備に従って、自分たちが保有する中距離ミサイルを手放すインセンティブはほとんど生まれないだろう。残念ながら、北朝鮮の非核化交渉においても、北朝鮮側がノドンや北極星2等の中距離ミサイルを取引材料としている様子は今のところ窺えない。また中国は、中距離の弾道・巡航ミサイル戦力を、広大な地理的縦深性を利用しながら、西太平洋において米軍の介入を妨げる接近阻止/領域拒否(A2/AD)能力の中核に据えている。これだけを見ても、INF条約が見直され、多国間の軍備管理条約に発展させるのは困難と言わざるをえない。

 だが中国や北朝鮮の中距離ミサイルは、日本の安全保障にとって重大な懸念事項であり、防衛政策上の対抗措置をとる必要はある。となれば、第五の論点となるのは、米国の中距離ミサイルを西太平洋地域に配備することが、周辺国の中距離ミサイル脅威を相殺し、抑止するのに資するかどうかである。

 そもそも、米国が新たにINFに相当する地上配備の中距離ミサイルを開発・配備するとすれば、どのようなオプションがあるのか。既に統合参謀本部と戦略軍は、ロシアの条約違反が疑われ始めた2013年頃から、INFが必要になる場合のフィージビリティ・スタディを複数行ってきた(具体的内容は非公表)。またFY2018国防授権法は、国防長官に「通常(非核)の移動式・地上発射型巡航ミサイル」の開発プログラムを立ち上げるマンデートを与えるとともに、INF水準の地上発射型ミサイルに対抗するための(1)積極防御手段、(2)カウンターフォース能力、(3)米国の能力を拡張するための相殺攻撃能力の開発に対し、5800万ドルを授権することを決めている。ただし、NPR2018における記述は「通常(非核)の地上発射型中距離ミサイル」と若干表現が異なり、検討対象を巡航ミサイルに限定していない=弾道ミサイルの可能性を残している。

 既存の兵器システムを改修する場合の候補となるのは、(1)トマホーク(*BlockⅣで射程1600km)の地上配備型、(2)空軍で開発中の空中発射型核巡航ミサイル=LRSO(推定射程2500km超)の地上配備型、(3)陸軍で開発中の新型ロケットシステム=Long Range Precision Fires(LRPF:射程300~499km)の射程延伸=戦術弾道ミサイル化などであろう。変わり種としては、(4)日米共同開発の弾道ミサイル防衛用迎撃ミサイル=SM-3BlockⅡAのエアフレームを流用し、シーカーを交換することで対地攻撃用に転用できるとの見方もある(*これはSM-3自体に攻撃ミサイルとしての汎用性があるという意味ではない)。

 これらのオプションはいずれも10年以内で開発が可能とされるが、完全新規の巡航ミサイルないし弾道ミサイルを開発する場合には、より多くの時間とコストがかかる。ロシアや中国は既にINF水準のミサイルを開発・配備していることを踏まえると、いずれのオプションをとるにしても、米国が条約破棄から中距離ミサイルを開発、配備するまでにどれだけの時間がかかるかは非常に重要な問題である。

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